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【御朱印情報】山梨県「甲斐国一宮浅間神社」の富士山の女神「木花開耶姫命」の神威を宿す御朱印

山梨県笛吹市にある「甲斐国一宮浅間神社」は、甲斐国の「一宮」として、古くから地域の人々や武将たちに崇敬されてきた神社です。御朱印には、一宮ならではの確かな歴史の重みと日本の象徴・富士山の女神「木花開耶姫命」の神威が宿っているように感じました。

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富士山の大噴火から歴史が始まった「甲斐国一宮浅間神社」

山梨県笛吹市、JR中央本線・山梨市駅より南へ約6km、果樹園が広がるのどかな地域ある「甲斐国一宮浅間神社(かいのくにいちのみやあさまじんじゃ)」は、約2000年の歴史があるとされる古社です。

 

社伝によると、創祀は第11代・垂仁天皇(すいにんてんのう)の御代で、「神山(かみやま、現在の神領山(じんりょうさん)」の麓に大山祇神(おおやまづみのかみ)、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、木花開耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)の3柱を祀ったのが始まりとされています。

 

その後、平安時代の貞観6年(864年)に富士山が大噴火を起こしたときに、富士山の女神である木花開耶姫命が、噴火鎮静の祈りを担うため現在の地へと遷座され、新たな社殿が建立されました。神山の麓の元宮は、現在は「山宮神社(やまみやじんじゃ)」という名の摂社となっています。
延喜の式制では名神大社に列した格式の高い古社で、甲斐国(かいのくに、現在の山梨県)の最上位の社格であったことから「一宮(いちのみや)」とされました。富士山を信仰の対象とする浅間神社(あさまじんじゃ、せんげんじんじゃ)と名の付く神社は全国に約2,000社あるとされていて、他の地域の浅間神社と区別するために「甲斐国一宮浅間神社」と呼ばれるようになりました。
また、中世以降は武将からの崇敬もあつく、鎌倉幕府による社殿修復をはじめ、甲斐国を治めた武田氏や江戸幕府による寄進などが行われた記録ものこっています。

 

御祭神の木花開耶姫命は、古来より富士山の女神として山火鎮護の御神徳を持つことで有名です。さらに、火を放った産屋(うぶや)の中で無事に出産を遂げたという神話にちなみ、婚姻や子授け、安産の神としても広く崇敬をあつめています。

甲斐国一宮浅間神社_一の鳥居
国道20号線沿いにある巨大な朱色の一の鳥居が甲斐国一宮浅間神社の目印です。
甲斐国一宮浅間神社_二の鳥居
石造の二の鳥居の横にたつ社号標には「國幣中社淺間神社」と記され、格式の高さを感じます。
甲斐国一宮浅間神社_社殿
江戸時代に再建された社殿は、参道に対して横方向となる東に向いています。

 

 

富士山の女神「木花開耶姫命」の神威を宿す御朱印

甲斐国一宮浅間神社では、私が参拝した令和8年(2026年)8月には、基本の御朱印と切り絵の御朱印、そして摂社の山宮神社の御朱印が授与されていました。

 

私が拝受した基本の御朱印は、中央に「浅間神社」の墨書きと「社名」の朱印、右上に「甲斐國一宮」の印、左側に「参拝日」が墨書きされるデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただきました。

甲斐国一宮浅間神社_御朱印
「甲斐國一宮」の朱印と堂々とした墨書きが格式の高さを感じさせる甲斐国一宮浅間神社の基本の御朱印です。

 

甲斐国一宮浅間神社も含め、富士山の周辺を中心に多数ある浅間神社は、奈良・平安時代より盛んとなった富士山への信仰、および噴火と深く結びついて祀られてきた神社です。古来、富士山は幾度も噴火を繰り返してきましたが、なかでも平安初期の貞観6年(864年)5月から貞観8年(866年)にかけて発生した「貞観大噴火(じょうがんだいふんか)」は、江戸時代の「宝永大噴火(ほうえいだいふんか)」とともに最大規模の噴火と考えられています。

 

平安時代に編纂された歴史書「日本三代実録(にほんさんだいじつろく)」によれば、この大噴火により流出した大量の溶岩は、山麓にあった巨大な湖「剗の海(せのうみ)」を分断、埋没させました。その結果、現在の西湖(さいこ)と精進湖(しょうじんこ)が生まれ、さらに火炎は河口湖(かわぐちこ)へと向かい、人畜に甚大な被害をもたらしたと記録されています。
この未曾有の天変地異に対し、朝廷は「神を適切に祀らないことによる祟りである」と考えました。そして貞観6年(864年)8月に甲斐国司に富士信仰の主祭神を奉じ、鎮謝の儀式を行うよう命じました。こうして神山の麓で祀られていた3柱の神のうち、木花開耶姫命が噴火鎮静の祈りを担うため現在の地へと遷座され、貞観7年(865年)12月に社殿が移転されたのが、現在の甲斐国一宮浅間神社へとつながっていきます。
なお、甲斐国一宮浅間神社の現在の社殿は、江戸時代の宝暦年代(1751〜1763年)に再建されたものです。

 

神話において、木花開耶姫命は、夫の疑いを晴らすため自ら産屋に火を放ち、その中で無事に出産したとされています。このエピソードが持つ強い火のイメージから「火の神」とされ、激しい噴火を繰り返す富士山の火を鎮める強い力を持つ女神(浅間大神)として、全国の浅間神社の主祭神に位置づけられるようになりました。

 

ところで、駿河国(するがのくに、現在の静岡県)の一宮である富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)が浅間を「せんげん」と音読みするのに対し、甲斐国一宮浅間神社は「あさま」と訓読みします。同一の漢字を戴きながら異なる呼び名が存在する理由は諸説あるのですが、一説には「浅間」はもともと火山を意味し、古くは「あさま」と呼ばれていましたが、中世以降になって「せんげん」と音読みされるようになったといわれています。

 

甲斐国一宮浅間神社は、富士山の凄まじい噴火を「神の怒り」として恐れ、その怒りを鎮める祈念を込めて建立された歴史を持ちます。授与される御朱印に記された浅間神社の文字からは、富士山の圧倒的な神威を受け止め、人々の祈りを捧げる中心地として崇敬されてきた重みが伝わってくるようです。

甲斐国一宮浅間神社_社殿・参道
甲斐国一宮浅間神社の社殿は富士山の方角から90度横を向いていて、古くからの言い伝えでは、富士山が噴火した際に神様が正面から災害を受けないようにするためにあえて方向をずらして建てられたとされています。
甲斐国一宮浅間神社_山宮神社遥拝所
甲斐国一宮浅間神社の境内には、南東約2.3km離れた山中に鎮座す元宮である摂社・山宮神社の遥拝所が設けられています。

 

 

 

 

一花で2つの実を結ぶ珍しい梅の御神木「夫婦梅」

社殿のすぐ近くには御神木の「夫婦梅(めおとうめ)」があります。
樹齢200年を超える老木で、1つの花にめしべが2本あり、一花で2つの実を結ぶというたいへん珍しい特徴があります。2つの実が仲良く並んで実るその姿から、古くより子授けのご利益があると信じられてきました。残念ながら令和7年(2025年)に花も実もつけない状態になり、現在はこの木を親とする子どもの御神木が夫婦梅の実をつけています。

甲斐国一宮浅間神社_夫婦梅
親の木に代わって御神木となった子どもの「夫婦梅」は境内に5本あり、親から受け継いだ一対の実をつけます。

 

祈願してこの実を食べると子宝に恵まれるという言い伝えがあり、今も多くの人が参拝に訪れています。毎年旧暦4月の第二亥の日には収穫した梅が神前に供えられ、子授祈願祭が厳かに執り行われています。祭事などにあわせて期間限定の御朱印も授与されることがあるので、参拝の際にはどのような御朱印が授与されているか、ぜひチェックしてみてください。

 

 

 

甲斐一宮浅間神社は、富士山の大噴火という壮大な自然の歴史とともに歩んできた、山梨県を代表する古社です。境内は格式が高い一宮ならではの厳かで静かな空気に満ちており、心がすっきりと癒されるのを感じました。山梨県へお出かけの際は、この歴史ある甲斐国一宮浅間神社へぜひ足を伸ばし、富士山のエネルギーが宿る御朱印をいただいてみてはいかがでしょうか。

 

※全国の一の宮に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】全国の有名な「一の宮」でいただける御朱印情報まとめ

 

 

 

 

ペンネーム:木々野緑
日本の旧暦としきたりを日々研究するライター。御朱印との出会いは一期一会と感じていて、皆さまの良きご縁の一助となれるよう、御朱印にまつわる歴史や込められた思いをお伝えします。

 

 

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