四国の職人が心に響く手仕事で仕上げる
オーダーメイド納経帳・御朱印帳「千年帳」

「千年帳」オンラインショップ
facebook twitter instagram TicTok YouTube

【御朱印情報】京都府「元祇園梛神社」の「梛」「牛頭天王」にまつわる伝説が描かれる多種多彩な御朱印

京都府京都市中京区にある「元祇園梛神社」は、境内に「梛神社」「隼神社」の2つの本殿が並んで建つ珍しい形態の神社です。社名にもなっている縁起の良い御神木「梛」や、悪疫退散の御祭神「牛頭天王」にまつわる伝説などが描かれる多種多彩な御朱印が授与されています。

スポンサーリンク



 

 

2つの本殿が並んで建つ「元祇園梛神社」

京都府京都市中京区にある「元祇園梛神社(もとぎおんなぎじんじゃ)」は、境内に「梛神社(なぎじんじゃ)」と「隼神社(はやぶさじんじゃ)」の本殿が並んでいる珍しい神社です。

 

梛神社が創建されたのは平安時代の貞観11年(869年)のことです。京で疫病が蔓延したため、悪疫退散のため播磨国広峯(現在の兵庫県にある廣峯神社(ひろみねじんじゃ))から牛頭天王(ごずてんのう)を勧請し、四条坊城の梛の林中(現在の梛神社地)に牛頭天王の分霊を乗せた神輿が入り祭祀されたのが始まりです。牛頭天王は素戔嗚尊(すさのおのみこと)と同一神とされ、本地仏(ほんじぶつ、仏教における姿)は薬師如来(やくしにょらい)で、疫病退散のご利益があるといわれています。

 

のちに牛頭天王が祇園社(現在の八坂神社(やさかじんじゃ))へ遷座されますが、その際に梛の住民たちは花を飾った風流傘を立て、棒を振り、音楽を奉納して神輿を送りました。これが祇園会(祇園祭)の起源といわれ、この由緒から梛神社は「元祇園」と呼ばれるようになりました。ちなみに現在も梛神社のある壬生界隈の住民が、祇園祭の「綾傘鉾(あやかさほこ)」の囃子方として奉仕しているそうです。
※八坂神社に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】京都府「八坂神社」の旧社名「祇園社」と記される御朱印と「祇園祭」

 

元祇園梛神社_本殿
梛神社の本殿は、唐破風の屋根が美しく、屋根の下には左三つ巴の御紋が光っています。

 

隼神社の創建は詳しくわかっていませんが、古来より天下安穏・五穀豊穣を守る神として朝廷の尊崇が篤く、平安時代に編纂された官社一覧「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)」では式内大社に列する由緒ある神社です。当初は第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)の後院(ごいん、離宮のこと)であった朱雀院内に鎮守社として祀られていました。
朱雀院は現在の元祇園梛神社がある場所から約300mほど西、三条通から四条通の間にあった八町(約2万4000坪)という平安京最大を誇る御院でしたが、平安時代後期の天歴4年(950年)に焼失し、第60代・村上天皇(むらかみてんのう)が再興しましたが、次第に荒廃していったそうです。
隼神社が梛神社の境内に遷座したのは大正9年(1920年)のことで、以後現在に至ります。

隼神社_本殿
隼神社の本殿は、入母屋造りの立派な向拝(こうはい、ひさし部分)が特徴的です。

 

 

縁起の良い御神木「梛」の葉が描かれる「梛神社」の御朱印

元祇園梛神社では、1年を通じて多種多彩な御朱印が授与されています。初めてお参りしたときは御朱印の種類があまりに豊富で美しく、どれをいただこうかしばらく悩んだくらいです。ですが、まずは基本の御朱印をいただくことにしました。令和7年(2025年)9月に私がいただいた基本の御朱印は、梛神社と隼神社の2種類です。

 

梛神社の基本の御朱印は、中央に「梛神社」、右に「奉拝」、左に「参拝日」が墨書きされ、中央に御神紋と「元祇園梛神社」の朱印がおされ、梛の葉の緑の印が印象的なデザインです。

元祇園梛神社_御朱印_梛神社
梛の葉の印がアクセントになり、シンプルながら美しい梛神社の基本の御朱印です。

 

梛神社の御神紋は、木瓜紋(もっこうもん)と巴紋(ともえもん)が重なった形になっています。
木瓜紋は、八坂神社をはじめ素戔嗚尊をお祀りする神社が用いる場合が多い紋です。子孫繁栄を表す鳥の巣を図案化したものといわれていますが、キュウリを輪切りにした形にも似ていることから、京都では祇園祭期間はキュウリを食べないという風習が今も一部地域に残っています。

 

御朱印に緑の印で表現されている梛は、マキ科の常緑高木で、その丈夫な葉が「凪(なぎ)」に通じることから、古くから縁結びや航海の安全、悪運をなぎ倒すなどの意味を持つ神聖な木とされ、神社に植栽されることが多い植物です。特に熊野信仰における御神木として有名で、梛を玉串とし、梛の葉の上に供物をのせるなどして利用されています。名前や苗字にも使われ、「裏表のない夫婦」や「縁が切れない」という願いが込められることもあります。

 

現在の元祇園梛神社がある場所には、古くは数万本の梛の木があり、神聖な地域とされていました。
今は梛神社と隼神社の本殿の間に御神木の梛の木があります。葉脈が縦に入っているため葉を強く引っ張っても簡単にちぎれないことから、「縁が切れない」「ご縁を結ぶ」縁起の良い木ともいわれています。

元祇園梛神社_梛の木
冬でも緑が美しい梛の木が梛神社と隼神社の本殿のちょうど真ん中にすっくと立っています。

 

 

橘・蕨の御神紋が印象的な「隼神社」の御朱印

隼神社の基本の御朱印は、中央に「隼神社」、右に「奉拝」、左に「参拝日」が墨書きされ、中央に御神紋と「式内隼神社」の朱印がおされるデザインです。

元祇園梛神社_御朱印_隼神社
墨書きの風流な書体が際立つ隼神社の基本の御朱印です。

 

隼神社の御神紋は橘(たちばな)と蕨(わらび)の重ね紋と考えられていますが、由来等について詳しいことはわかっていません。ただ、橘は日本古来の植物で年間を通して美しい緑を保つ常緑樹であることから「永遠不変」を表す縁起物とされています。また、京都御所の紫宸殿(ししんでん)の南庭には右近の橘が配されていることなどから、朝廷にもゆかりの深い由緒ある神社だということが表されていると思います。

 

 

季節・神事・行事などにあわせて授与される多種多彩な御朱印

元祇園梛神社では、季節・神事・行事などにあわせて多種多彩な限定御朱印が授与されています。私が令和7年(2025年)12月に参拝した際には、十二支がデザインされた御朱印と「ご縁詣り」の御朱印をいただきました。

 

十二支の御朱印は、見開きサイズの台紙に青と朱で十二支が、中央には梛神社・隼神社のイラストが描かれ、その上に「京都 元祇園梛神社 隼神社」の朱印がおされるデザインでした。

元祇園梛神社_御朱印_十二支
凹凸のある台紙が趣を感じさせる素敵な御朱印で、並んだ2社のデザインには風格も感じます。

 

ご縁詣りの御朱印も趣のある台紙に梅が描かれた美しいものです。右から「奉拝」「梛神社」「参拝日」が墨書きされ、右下には巳年の可愛らしいへびと「乙巳(きのとみ)」の文字、左上には「元祇園社ご縁詣り」と書かれ、左下の朱印には「元祇園梛神社社司印」と刻まれるデザインです。社司とは神主のことを意味します。

元祇園梛神社_御朱印_ご縁詣り
巳年最後の月にいただいた記念の御朱印は、初春を思わせる可愛くて華やかなデザインでした。

 

元祇園梛神社では、私がいただいた御朱印以外にも常時10種類以上の御朱印が授与されています。どれも特徴的で美しい御朱印なので、選ぶのに苦労すると思います。お参りの際には、神社公式SNSなどで授与されている御朱印のデザインを前もってチェックをしておくことをおすすめします。

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

元祇園梛神社(@motogion_nagijinja)がシェアした投稿

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

元祇園梛神社(@motogion_nagijinja)がシェアした投稿

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

元祇園梛神社(@motogion_nagijinja)がシェアした投稿

 

 

 

 

素戔嗚尊を祀る「八大神社」とのコラボ御朱印

元祇園梛神社では、御祭神が同じ素戔嗚尊である八大神社(はちだいじんじゃ)とのコラボ御朱印も定期的に企画されています。

 

令和7年(2025年)9月に私がいただいたコラボ御朱印は、素戔嗚尊の「八岐大蛇神話(やまたのおろちしんわ)」の一場面を描いた絵巻物のようなデザインで、元祇園梛神社と八大神社の2枚の御朱印を組み合わせることで完成する御朱印でした。
それぞれの御朱印の中央には「元祇園梛神社」「北天王八大神社」と墨書きされ、右の元祇園梛神社の御朱印は、右に「祇園詣」「参拝日」とあり、その横に「蘇民将来之子孫也(そみんしょうらいのしそんなり)」という言葉が記されています。中央には「元祇園梛神社」の朱印、そして左側に御神紋があるのですが、それは八大神社の御朱印と並べることで完成する形になっています。一方の八大神社は左側に「祇園詣」「参拝日」、その右に「蘇民将来之子孫也」の文字が記された左右対称のデザインです。
それぞれの神社で1枚ずついただくこともどちらかの神社で2枚まとめていただくことも可能ですが、私は完成した絵巻としていただきたかったので、元祇園梛神社で両方を拝受しました。

元祇園梛神社_御朱印_八大神社コラボ
八岐大蛇をにらみつける素戔嗚尊の雄々しさが見事に表現された御朱印は、このまま飾っておきたいほどの完成度です。

 

八岐大蛇神話は、出雲の国において、素戔嗚尊が奇稲田姫(くしなだひめ)を救うために8つの頭と8つの尾がある大蛇(八岐大蛇)を退治する物語で、日本最古の歴史書「古事記」「日本書紀」に記されている代表的な物語です。また、「蘇民将来之子孫也」という言葉は、素戔嗚尊と同神とされている牛頭天王に関する次のような伝説が由来となっています。

 

素戔嗚尊(牛頭天王)が嫁を探す旅をしている途中に日が暮れてきたため、一夜の宿を頼もうと巨旦将来という富裕な家を訪ねますが、にべもなく断られたため、巨旦将来の弟・蘇民将来の家を訪ねました。蘇民はとても貧しかったのですが、粗末ながらも温かく素戔嗚尊をもてなしました。数年後再びその地を訪れた素戔嗚尊は、巨旦将来の一族を皆殺しに、蘇民将来には疫病除けの茅の輪と木の札(護符)を渡しました。以後、蘇民将来の一族は災いを逃れて繁栄したといいます。

 

この伝説から、悪疫や疫病を払うために「蘇民将来之子孫也」と書かれた護符を家にお祀りする風習ができたといわれています。
素戔嗚尊を御祭神とする八坂神社のお祭り・祇園祭で授与されるちまきにも「蘇民将来之子孫也」と書かれた護符が付けられています。

 

※八大神社に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】京都府「八大神社」の剣聖「宮本武蔵」や季節・行事の様子が描かれる多種多彩な御朱印

 

 

「京都こだわり御朱印三社巡り」の3社1体の特別御朱印

元祇園梛神社は、八大神社・梨木神社(なしのきじんじゃ)と共に毎年秋(9月~11月)に「京都こだわり御朱印三社巡り」を開催しています。3社すべてで御朱印(種類にはこだわりません)をいただき、最後にお参りした神社で拝受した御朱印を提示すると限定の特別御朱印をいただけるというイベントで、毎年デザインが変わるため、秋の恒例イベントとして毎年参加している人もいらっしゃるようです。

元祇園梛神社_御朱印_京都こだわり御朱印三社巡り
令和7年度の特別御朱印は、見開きサイズの台紙に3社それぞれの秋の風景がデザインされた美しいものでした。

 

八大神社は洛北一乗寺にある宮本武蔵ゆかりの神社で、多彩な御朱印をいただけることでも知られています。梨木神社は京都御所の東に位置する神社で「萩の宮」と呼ばれるほど萩の花が美しいことで有名です。
元祇園梛神社も含め、3社は最寄駅から徒歩数分~15分以内の距離で公共交通機関でもアクセスしやすいので、夏の暑さが和らいだ頃にぜひ巡ってみてください。

 

 

大宮通という交通量の多い通りに面した元祇園梛神社ですが、境内はとても静かで2社の本殿が並ぶ珍しい景色もゆっくりと眺めることができ、落ち着いた雰囲気で参拝することができます。心静かに参拝したあとに、多彩で素敵な御朱印をいただく喜びはひとしおです。一度ならずぜひ何度もお参りしていろいろな種類の御朱印を拝受してみてください。

 

 

 

 

ライター: iroha
京都市在住で副業ライターとして活動してます。仕事の合間をぬって京歩き・御朱印集めをする中で、ますます京都が好きになっていき、京都検定2級にも合格しました。歴史ある御朱印や可愛くて素敵な御朱印などをたくさん紹介できればと思っています。

 

 

スポンサーリンク



都道府県別御朱印情報を探す

御朱印情報マップ

関連記事

千年帳バナー 千年帳バナー