四国の職人が心に響く手仕事で仕上げる
オーダーメイド納経帳・御朱印帳「千年帳」

「千年帳」オンラインショップ
facebook twitter instagram TicTok YouTube

【御朱印情報】奈良県「廣瀬大社」の「水神」「橘の花」が記される神聖な祈りが込められた御朱印

奈良県河合町にある「廣瀬大社」は、大和の河川が合流する地で水神を祀る古社です。「水神」「橘の花」が記される伝統的なデザインの御朱印には、創建にまつわる神聖な伝承や、五穀豊穣を願う地域の人々の祈りが込められています。

スポンサーリンク



 

 

大和の河川が合流する地で水神を祀る古社「廣瀬大社」

奈良県河合町、佐保川・初瀬川・飛鳥川・曽我川・葛城川・高田川など、奈良盆地を流れる河川が合流して大和川となる地にある「廣瀬大社(ひろせたいしゃ)」は、崇神天皇9年(紀元前89年)の創建と伝わる古社です。

 

平安時代に編纂された法典「延喜式(えんぎしき)」の祝詞において、この地は「廣瀬の河合(ひろせのかわい)」と記されており、現在の地名「河合町」も、川の合流地点を意味していると考えられています。また、官社一覧「延喜式神明帳(えんぎしきじんみょうちょう)」では、名神大社に列し、後には朝廷が特別な祈願を行った二十二社のうち、特に重要な中七社の1社にも数えられました。神階も弘仁13年(822年)の従五位下から永保元年(1081年)には最高位の正一位までのぼりました。
明治4年(1971年)に官幣大社に列格し、第二次世界大戦以降に現在の社名の「廣瀬大社」と称するようになりました。

 

主祭神は若宇加能売命(わかうかのめのみこと)で、廣瀬大忌神(ひろせおおいみのかみ)とも呼ばれています。
三重県・伊勢神宮外宮(いせじんぐうげくう)の豊宇気比売大神(とようけひめのおおかみ)、京都府・伏見稲荷大社(ふりみいなりたいしゃ)の宇加之御魂神(うかのみたまのかみ)と同神と考えらていて、農業・衣食住の守護神であり、五穀豊穣のご利益で知られています。
毎年2月11日に行われる例祭「砂かけ祭」は、拝殿前の広場を田に見立てて田植えの所作を行い、参拝者と田人・牛に扮した人々が一斉に砂をかけ合う奇祭で、雨を模した所作から五穀豊穣を祈願する神事として現代に受け継がれています。
※伊勢神宮外宮と伏見稲荷大社に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】三重県「伊勢神宮」の内宮と外宮でいただける伝統的な御朱印

 

【御朱印情報】京都府「伏見稲荷大社」の3ヶ所の授与所でいただける多種多様な御朱印

 

廣瀬大社_鳥居
一の鳥居前に立つ社号標には、旧社格を示す「官幣大社廣瀬神社」の文字が刻まれ、古くからの高い格式を表しています。
廣瀬大社_二の鳥居
二の鳥居に掲げれれている扁額「廣瀬社」は、江戸時代後期の文化4年(1807年)に当時の大和郡山藩主・柳澤保光(やなぎさわやすみつ)が揮毫したものと伝わっています。
廣瀬大社_祓戸社
参道沿いに鎮座する祓戸社で身の穢れを祓ってから参拝へ向かうのが習わしです。
廣瀬大社_社殿
長い参道を進んだ先の拝殿の奥の一段高い社地に、江戸時代中期の正徳元年(1711年)造営の本殿が受け継がれ、奈良県の有形文化財に指定されています。

 

 

「水神」「橘の花」が記される神聖な祈りが込められた御朱印

廣瀬大社の御朱印は、二の鳥居をくぐった先の左手にある社務所(私が参拝した令和8年(2026年)7月現在は改修工事中)で、受付時間は8時~17時で授与されています。
右上に「水神」、中央に「廣瀬大社」、左に「参拝日付」の墨書き、中央に「大和国廣瀬神社之印」の朱印、右下に「橘の花」を象ったスタンプがおされるデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただき、初穂料は500円でした。

廣瀬大社_御朱印
縦画が長くのびた「水神」の墨書きと、橘の花が印象的な廣瀬大社の御朱印です。

 

「水神」とは、主祭神・若宇加能売命が古来より水を司る神として信仰されてきたことを表しています。
若宇加能売命は、山谷の悪水を良水に変え、河川の氾濫を防ぐ神として、五穀豊穣・治水を司るといわれています。「宇加(うか)」は稲や食物を意味する言葉で、実りをもたらす食物の神であることを表しています。豊かな実りには水の恵みが欠かせないことから、水を治める神=水神として崇敬されるようになりました。
廣瀬大社の西約7kmの場所にある「龍田大社(たつたたいしゃ)」は「風神」を祀るとされ、廣瀬大社の「水神」と対をなし、両社は古くから「風水の陰陽神」として並び称されてきた歴史があります。

 

「橘の花」は、廣瀬大社の創建にまつわる伝承に由来しています。
崇神天皇9年(紀元前89年)、この地の里長であった廣瀬臣藤時(ひろせのおみふじとき)に神託があり、それまで水足池(みずたるのいけ)と呼ばれる沼地であった土地が一夜にして陸地に変わり、橘の木が数多く生い茂りました。この出来事が崇神天皇に伝えられ、神の宿る聖地となったのが廣瀬大社の創始と伝わっていて、社紋に「橘」が使われています。水足池の主であった龍神は、現在も拝殿の西側に「水足明神」として祀られ、水神信仰と深く結びついています。
橘は常緑で実を絶やさないことから、古来より長寿・吉祥の象徴とされ、水と五穀豊穣を司る廣瀬大社にふさわしい植物として大切にされています。

 

廣瀬大社の御朱印には、水の恵みと氾濫の両方に深く関わってきた土地の歴史や伝承、五穀豊穣を願う地域の人々の祈りが込められているように感じました。

 

 

 

 

日露戦争の歴史と明治時代の歩みを現代に伝える貴重な歴史資料

廣瀬大社の境内には、ロシア軍の野砲と砲弾が安置されています。
これは、明治時代後期の日本とロシアの戦争「日露戦争(にちろせんそう)」で日本軍がロシア軍から戦利品として持ち帰ったものです。戦後に、戦勝を記念するとともに、国家の繁栄や戦没者の慰霊を願い、国家的に重要な神社であった各地の官幣大社に戦利品が奉納され、廣瀬大社にも陸軍から野砲と砲弾が納められました。
日露戦争の歴史と明治時代の歩みを現代に伝える貴重な歴史資料ですので、参拝の際にはぜひご覧になってみてください。

廣瀬大社_日露戦争戦利品
戦利品が奉納された歴史からも、廣瀬大社が国にとって重要な神社であることがわかります。

 

 

廣瀬大社は、大和の河川が集まる地で2,000年以上にわたって水を司ってきた歴史を有しています。御朱印に刻まれた「水神」と「橘の花」には、この地にまつわる伝承や地域の人々の祈りが息づいています。静かな参道を歩き、歴史と祈りの重みを感じることができる御朱印を拝受して、大和の古い信仰をぜひ体感してみてください。

 

 

 

 

ライター:さすらいのライターCulchan(カルチャン)
土地の持つエネルギーや記憶を探し求めて、寺社巡礼や御朱印拝受を行う日々を送っています。日本の自然や神仏、文化との邂逅が活力源になっていて、ライティングを通して日本の歴史や文化を次世代へ語り継ぎたいと思っています。

 

 

スポンサーリンク



都道府県別御朱印情報を探す

御朱印情報マップ

関連記事

千年帳バナー 千年帳バナー