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【御朱印情報】京都府「伏見稲荷大社」の3ヶ所の授与所でいただける多種多様な御朱印

京都府京都市伏見区にある「伏見稲荷大社」は、全国に約30,000社ある稲荷社の総本宮で、商売繁盛・家内安全の神様として広く信仰され、年間1,000万人以上が訪れる人気観光スポットでもあります。山麓の広大な境内の本殿授与所、奥社奉拝所、御膳谷奉拝所の3ヶ所で多種多様な御朱印が授与されています。

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全国の稲荷社の総本宮「伏見稲荷大社」

京都府京都市伏見区にある「伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)」は、平安遷都以前の奈良時代の創建と伝わり、全国に約30,000社ある稲荷社の総本宮とされている神社です。

 

奈良時代に編纂されたと伝わる地誌「山城風土記(やましろふどき)」によると、伏見深草に当時住み着いていた秦氏(はたし)の勢力者・秦伊呂具(はたのいろぐ)が的にして射た餅が白鳥に変わって飛び立ち、白鳥が降り立った山の峰に稲が生じた奇瑞(きずい、吉兆を表す不思議な現象)により、伊呂具がその山の三つの峰に神を祀りました。以来、秦氏の子孫が代々稲荷大社の禰宜となって明治時代まで奉仕していたそうです。
稲が成ったことから「稲荷(いなり)」という社名となり、伊呂具が稲荷大神を祀った日が和銅4年(711年)2月の初午(はつうま、2月最初の午の日)であったことから、伏見稲荷大社では現在も毎年初午の日に初午大祭が斎行されています。

 

平安時代に下ると官寺(かんじ、国が管理する寺院)であった東寺(とうじ)を下賜された弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)が、天長4年(827年)に東寺の鎮守社として稲荷神を祀りました。天慶5年(942年)には神階が正一位(しょういちい)となり、歴代天皇が行幸します。また、「枕草子(まくらのそうし)」「蜻蛉日記(かげろうにっき)」「今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)」などの名著にも「稲荷社」の名前が出るなど、貴賤の別なく信仰されてきました。

 

室町時代の応仁元年(1467年)から文明9年(1477年)まで続いた応仁の乱では、稲荷大社のほとんどの社殿が焼失します。しかし、社僧らの勧進により明応8年(1499年)には再建されました。勧進僧たちが全国を回ったことで、稲荷信仰が全国的に普及したと考えられています。

 

現在の本殿に祀られている御祭神は、宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)・佐田彦大神(さたひこのおおかみ)・大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)・田中大神(たなかのおおかみ)・四大神(しのおおかみ)の五柱で、祭神名は稲荷大神の御神徳が神名化されていて、特に商売繁盛・家内安全の神様として広く信仰をあつめています。

伏見稲荷大社_本殿
伏見稲荷大社の本殿は、桃山時代の華麗な建築の特徴である装飾が見事で、特に欄間の装飾が美しいです。
伏見稲荷大社_本殿_懸魚
本殿を横から眺めると懸魚(げぎょ、屋根の飾り)にほどこされた金の縁取りがきらびやかです。

 

 

本殿御朱印所の基本の御朱印と限定御朱印

霊峰・稲荷山の3つの峰を神そのものとして崇拝したことを源流とする伏見稲荷大社は、現在も稲荷山の西麓に広大な敷地を有しており、「本殿御朱印所」「奥社奉拝所(おくしゃほうはいしょ)」「御膳谷奉拝所(ごぜんだにほうはいしょ)」の3ヶ所でそれぞれ異なる御朱印が授与されています。

 

本殿御朱印所では、基本となる「伏見稲荷大社」の御朱印に加えて、季節限定や祭事限定などいろいろな種類の御朱印が授与されています。
基本の御朱印は、中央に「伏見稲荷大社」の墨書きと「稲荷大社」の朱印、右に「奉拝」、左は「参拝日」が墨書きされるデザインで、初穂料500円で御朱印帳に直書きしていただきました。

伏見稲荷大社_御朱印_基本
伏見稲荷大社の基本の御朱印は、シンプルで伝統的なデザインです。

 

初午大祭の時期や季節に合わせた限定御朱印は、墨書き・朱印は変わらずに、祭事や季節を表現するイラストが付与されます。

 

私が令和3年(2021年)2月に参拝した際には、「福かさね」のイラストが入った御朱印をいただきました。福かさねとは、その年の干支が描かれた絵馬と五穀豊穣を祈る稲穂・繁栄を象徴するご神木の「しるしの杉」、魔除けの矢を組み合わせて作ったお正月の縁起物です。

伏見稲荷大社_御朱印_福かさね
光沢のある柄が入った台紙に福かさねのイラストが映える限定御朱印です。

 

また、私が令和7年(2025年)5月に参拝した際には、季節限定で「青もみじと狐」の御朱印が授与されていました。

伏見稲荷大社_御朱印_季節限定
青空をバックに新緑鮮やかな青もみじと狛狐がデザインされた初夏らしい御朱印です。

 

御朱印をいただける3ヶ所のうち本社御朱印所だけでも複数種類の御朱印が授与されていて、目移りしてしまいました。
御朱印帳への直書きを希望する場合は、本殿御朱印所でいただけるシンプルで伝統的なデザインの御朱印が基本となりますので、伏見稲荷大社で御朱印巡りをする際には、まずは本殿をお参りし、本殿御朱印所にお立ち寄りください。

 

 

奥社奉拝所の「千本鳥居」と「おもかる石」がデザインされた御朱印

本殿をお参りしたあと、本殿背後方向にある「千本鳥居(せんぼんとりい)」を通り抜けると稲荷山を遙拝(ようはい、遠くから拝すること)することができる「奥社奉拝所」があります。創建年代は不明ですが、室町時代の明応8年(1499年)の再建・遷宮時の記録にその名が記されています。

 

伏見稲荷大社を象徴する千本鳥居は、崇敬者が祈りと感謝の気持ちを鳥居の奉納をもって表そうとしたもので、江戸時代に始まり今に至っています。社殿や楼門にもほどこされている「稲荷塗(いなりぬり)」という伝統的な朱色塗りは、生命・大地・生産の力や明るい希望を象徴しているそうです。
千本鳥居自体の美しさはいうまでもありませんが、できれば早朝の朝日が昇るころに訪れてみてください。千本鳥居の間から差し込む太陽の輝きは幻想的な美しさです。

伏見稲荷大社_千本鳥居
稲荷塗の美しい鳥居が連なる千本鳥居は、伏見稲荷大社を象徴する名所です。

 

奥社奉拝所は稲荷山のふもとの通称「命婦谷(みょうぶだに)」にあります。
稲荷山は、京都盆地の東に位置し北端の比叡山から約12kmに複数の山が連なる「東山三十六峰(ひがしやまさんじゅうろっぽう)」の最南端にあたり、標高233mの山全体が御神体として崇められてきました。稲荷山には西から東へ峰があり、本殿に近い方から三ノ峰・間ノ峰・ニノ峰・一ノ峰、三ノ峰の北方に荒神ヶ峰(こうじんがみね)が連なり、山中にはおびただしい数のお塚があり、参道に数千の鳥居が建ち並んでいます。明治時代の神仏分離令により境内の仏堂が廃寺となりますが、その一方で多くの崇敬者が稲荷山山中に鳥居を奉納したり、個人的なお塚を建立したりしたことが、現在の伏見稲荷大社の特徴的な姿を作り出しました。
これらのお塚や神蹟(しんせき、かつて祠があった場所などを指す)を巡拝することを「お山めぐり」「お山する」といい、多くの参拝者がお山を巡拝しています。

伏見稲荷大社_社・塚
伏見稲荷大社の参道に点在する多数の塚やお社は神秘的でもあり、少しおどろおどろしい雰囲気もあります。

 

奥社奉拝所でも複数種類の御朱印が授与されていて、こちらではすべて書置きタイプの御朱印ですが、多彩なデザインが魅力です。
私が令和3年2月に参拝した際に拝受した御朱印は、中央に「伏見稲荷大社奥社奉拝所」の墨書きと「重軽石千本鳥居根上松」の朱印、右に「奉拝」、左に「参拝日」が墨書きされ、右下に鳥居ときつね絵馬がデザインされていました。

伏見稲荷大社_御朱印_奥社奉拝所
きつね絵馬と千本鳥居のイラストが印象的な奥社奉拝所の御朱印です。
伏見稲荷大社_奥社奉拝所_きつね絵馬
奥社奉拝所にはきつね絵馬が奉納されていて、参拝者がそれぞれきつねの顔に表情を描いたものもあり見ているだけで楽しくなります。

 

私が令和7年5月の参拝した際には、奥社奉拝所境内にある「おもかる石」が背景に描かれた御朱印をいただきました。中央に「おもかる石伏見稲荷大社奥の院」の墨書きと「重軽石千本鳥居根上松」の朱印、右に「奉拝」、左に「参拝日」が墨書きされています。

伏見稲荷大社_御朱印_奥社奉拝所_おもかる石
おもかる石は、石の前で願い事が叶うことを念じて持ち上げたとき、自分が予想していたよりも軽ければその願いが叶い、重ければ願いが叶いにくいとされる試し石です。

 

令和7年5月に参拝時には、千本鳥居が背景となった御朱印や奥社奉拝所から少し奥にある「根上りの松」が背景となった御朱印も授与されていましたので、奥社奉拝所に参拝の際にはお気に入りの御朱印をぜひ見つけてみてください。

伏見稲荷大社_根上がり松
奥社奉拝所から5分ほど歩いたところにある「根上り松」は片方の根が持ち上がっていたことから名づけられ、別称を「膝松」ともいい、木肌をなでてから痛みのある膝や腰をなでると良くなると言われているほか、「値上りの待つ」から株の値が上がる御神徳があるともされています。

 

 

御膳谷奉拝所の「登拝」と記される御朱印

奥社奉拝所からさらに30分余りお山を登った先に、御朱印をいただけるもう1ヶ所の「御膳谷奉拝所」があります。
道中には急な石段や坂もあり、私は脚力に自信がなくたどり着くのにかなり苦労しましたが、熊鷹社(くまたかしゃ)や眼力社(がんりきしゃ)など多数の聖地や神秘的な雰囲気、自然の静けさを感じることができ、特別な体験になりました。
参道にはお休み処や売店も点在していますので、自分のペースで休みながらゆっくりと巡拝できるのもお山めぐりの魅力です。

伏見稲荷大社_眼力社
眼病平癒の御神徳があるとされる眼力社では個性的な狐が迎えてくれます。
伏見稲荷大社_四ツ辻
お山めぐりの中間地点である四ツ辻からは京都市街が一望でき、この日は少し曇っていたので絶景とまではいきませんでしたが、開放的な気分で登山の疲れがとれました。

 

御膳谷奉拝所にたどり着きいただいた御朱印は、中央に「山城国稲荷山」の墨書きと「伏見稲荷大社御山登拝」の朱印がおされ、右には「登拝」、左に「参拝日」が墨書きされるデザインで、御朱印帳に直書きしていただけました。

伏見稲荷大社_御朱印_御膳谷奉拝所
「登拝」の墨書きは御膳谷奉拝所の御朱印だけに書かれるもので、頑張って登ってきた甲斐を実感できる御朱印です。

 

私が参拝した令和7年5月には、基本の直書き御朱印の他に、書置きタイプの御朱印も授与されていました。
中央の朱印と「登拝」「参拝日」は同じでお山がデザインされた「伏見稲荷大社御膳谷奉拝所」の墨書きされたものと、御膳谷奉拝所の鳥居と狛狐を背景とした「山城国稲荷山」の御朱印、また、御膳谷奉拝所のスケッチ風のデザインを背景に「東山三十六峰最南端稲荷山御膳谷」の墨書きされた見開きタイプの御朱印がありました。

伏見稲荷大社_御膳谷奉拝所
御膳谷奉拝所の授与所は朝早くから参拝されている人が御朱印をいただきに並んでいました。

 

御膳谷奉拝所の御朱印は、苦労して山を登らないといただけないものなので、とても希少価値があり、参拝の思い出にもぴったりだと思います。私も無事拝受できた時はとてもうれしく、達成感がありました。

 

 

 

 

東丸神社の「学徳成就」の御朱印

伏見稲荷大社本殿の南には、江戸時代中期の国学者で歌人の荷田春満(かだのあずままろ)邸宅址があり、荷田家が伏見稲荷大社の社家(しゃけ、神職を世襲する家柄)であったことから春満を祀った神社「東丸神社(あずままるじんじゃ)」があります。

 

東丸神社の御朱印も授与されていて、私が令和3年にいただいた御朱印は中央に「学徳成就 東丸神社」の朱印、右に「東丸神社」、左に「参拝日」が墨書きされるデザインでした。

伏見稲荷大社_御朱印_東丸神社
梅の花をモチーフにした朱印が可愛くスッキリとしたデザインの東丸神社の御朱印です。

 

東丸神社は伏見稲荷大社境内にありますが、摂末社ではなく独立した神社で、学問の神様として合格祈願や学業成就を祈願する人の参拝が後を絶ちません。

伏見稲荷大社_東丸神社
私が東丸神社を訪れた際には、修学旅行の生徒さんが熱心に参拝していました。

 

 

巨大な「楼門」と縁起物をくわえる「狛狐」

広大な境内を有する伏見稲荷大社にはたくさんの見どころがありますが、表参道から入ってまず目を引く朱色が鮮やかで美しい楼門をじっくりとご覧になってみてください。天下人・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が母親である大政所(おおまんどころ)の病気平癒を祈願して造営したもので、高さ約14mを誇る日本最大級の楼門です。

伏見稲荷大社_楼門
伏見稲荷大社の入口で参拝者を迎える巨大な楼門の迫力に圧倒されました。

 

楼門の両脇には、稲荷神社のシンボル的存在の狛狐が安置されていました。
伏見稲荷大社の狛狐がくわえているのは諸願成就を表す倉の鍵だそうです。境内にはたくさんの狛狐が安置されていて、それぞれに縁起物をくわえていますので、それを見つけて歩くのも伏見稲荷大社の楽しみ方のひとつでおすすめです。

 

 

民衆の稲荷信仰に長く支えられてきた伏見稲荷大社は、神聖な場所であると同時に、一種のテーマパークのような楽しさもあり、世界中の人を惹きつけ、日々たくさんの参拝者・観光客が訪れています。本殿御朱印所、奥社奉拝所、御膳谷奉拝所の3ヶ所で多種多様な御朱印が授与されていますので、お山めぐりの証・思い出にお気に入りの御朱印を見つけてぜひ拝受してみてください。

 

 

 

 

 

 

ライター: iroha
京都市在住で副業ライターとして活動してます。仕事の合間をぬって京歩き・御朱印集めをする中で、ますます京都が好きになっていき、京都検定2級にも合格しました。歴史ある御朱印や可愛くて素敵な御朱印などをたくさん紹介できればと思っています。

 

 

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