- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
広島県広島市中区にある「白神社」は、かつての広島城下町の総氏神で、「しらかみさん」の愛称で親しまれている神社です。広島の歴史を物語る「安芸乃国」と墨書きされる御朱印におされる2種の「神璽印」からは強い御神徳を感じました。
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広島県広島市中区、広島市街地オフィス街の広島電鉄・袋町駅にほど近い場所にある「白神社(しらかみじんじゃ)」は、御祭神として菊理姫命(くくりひめのかみ)、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)、伊邪那美神(いざなみのかみ)を中心に、計7柱を祀る神社です。
白神社の歴史は古く、創建は16世紀ごろだとされています。
かつて白神社一帯は海であり、船が岩礁にしばしば衝突・座礁していました。そこで船人たちは、岩に白い紙を立て目印にし、やがてその位置に祠が建てられ白幣を捧げたことから、白紙(白神)と称するようになったことが白神社のはじまりとされています。その後、安土桃山時代に戦国武将・毛利輝元(もうりてるもと)が広島城を築城したのちに、天正19年(1591年)に白神社の社殿を新たに建立し、城下町一帯の総氏神となりました。
※広島城と関係が深い広島護国神社に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】広島県「広島護国神社」の「鯉城(広島城)」にちなんだ御朱印
その後、「しらかみさん」と呼ばれ地域で長く崇拝をあつめ親しまれていましたが、昭和20年(1945年)の原爆投下で社殿がすべて焼失します。昭和30年(1955年)に社殿が再建され、現在も広島中心部に根ざした神社として愛され続けています。


白神社では、拝殿内左手の受付で御朱印をいただくことができます。
「奉拝」「安芸乃国」「白神社」「日付」の墨書きに、2種類の朱印がおされるシンプルなデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただき、初穂料は500円でした。

墨書きの「安芸乃国(あきのくに)」は、現在の広島県の西部一帯の旧国名です。白神社にほど近い広島城が国の中心であり、現在の白神社がある地域は城下町として栄えていました。広島城一帯の氏神であった白神社の歴史を物語る墨書きといえるでしょう。
この御朱印でとくに特徴的なのが、2つの朱印です。大きい方の朱印には「白神神社」と記されています。これはかつて、岩礁に立てられた白紙が「白神」として信仰されたことに由来していると考えられます。
私が白神社を参拝した際に、拝殿でお参りしようとすると奥の方から宮司さんが出てきて、御幣を振ってくださいました。一般のお参りでこのようなお祓いを受けるのははじめての経験で、より一層御神徳に触れられたような気がしました。かつての信仰の象徴である「白紙(白神)」と現代でもお祓いに使われる「御幣」。この御朱印は、まるで過去と現在を白い紙で結びつけているようにも感じられました。
また、この2つの八角形の朱印は神璽印(しんじいん)ではないかと考えられます。神璽印とは、神様そのものが宿る印のことです。御祭神の分身であるため、非常に御神徳の高いものとされています。朱印の周囲を雲海で囲んでいるのは、雲が縁起の良いものとされているからではないでしょうか。古くから「瑞雲(ずいうん)」などの美しい雲は、めでたいことの前兆だと言われています。
この御朱印には強い御神徳と、良いことが起こるようにと吉兆を願う想いが込められているように思いました。
現在の白神社は、原爆被害もあってコンパクトな境内ですが、長い歴史を物語る貴重な史跡が大切に受け継がれています。
白神社の社殿は、小高い岩の上にあります。これは広島城築城当時、海の岩礁から露出していた岩であったとされています。現在は三角州が発達し、白神社の周辺はビルが立ち並ぶ市街地となっていますが、海岸線の歴史をたどるうえで非常に希少なものです。この岩礁は、広島市の指定史跡および天然記念物として古来の広島の姿をとどめ続けています。

また、白神社は原爆投下時に着弾地点よりわずか500mという至近距離にて被爆したため、社殿などほとんどのものが焼失してしまいました。しかし手水鉢や狛犬、境内のクスノキなどごく一部が現在も当時の姿をとどめています。

境内入ってすぐ右手にある手水鉢は、江戸時代後期の弘化2年(1845年)に作られたものです。原爆の熱風によって石の表面が赤く変色したそうで、原爆の恐ろしさを物語る遺構にもなっています。
境内にいろいろなところに目を向けてみると、街の歴史を深く知るきっかけになると思います。
白神社の右手には、末社として「常磐稲生神社(ときわいなりじんじゃ)」があります。これは明治3年(1870年)に、広島城内に複数祀られていた鎮守社を白神社の境内に合祀したのがはじまりとされています。
常磐稲生神社の社殿も原爆により焼失してしまいましたが、元の広島城内にあった稲荷社の一部は別の場所に移築されたため現存しています。現在では祠は天然記念物である岩礁に囲まれ、自然と信仰が結びついた荘厳さを醸し出していますので、白神社を参拝の際には常磐稲生神社もぜひあわせてお参りしてみてください。


白神社は、広島城城下町の守り神として長く地域に親しまれてきた神社で、岩礁など地域一帯が海だったころの名残や、原爆遺構などに目を向ければ、広島の歴史を深く学ぶことができるでしょう。白神社を参拝し御幣で祓っていただき、そして神の分身でもある神璽印の御朱印を拝受し、「白」とのご縁を紡いだ体験は、特別なものになりました。
ライター:綾木ゆうき
福岡出身、山口県北部在住のWebライター。幼少期に6年間習字を習っていたことから、筆跡の美しさに魅了され御朱印収集をはじめました。現在は九州・中国地方を中心に、趣味の国内旅行を兼ねて全国各地の御朱印を集めています。
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