- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
沖縄県那覇市にある「波上宮」は、琉球王国時代から「当国第一の神社」と称えられてきた沖縄県随一の名社です。古代から続く「玻名城」の信仰の姿や、「沖縄総鎮守」として地域の人々を見守り続けてきた歴史が宿る御朱印をいただくことができます。
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沖縄県那覇市、那覇空港から車で約10分の隆起したサンゴ礁の断崖の上にある「波上宮(なみのうえぐう)」は、地元の人々からは「なんみんさん」の愛称で親しまれている神社です。
波上宮の創建年代は不詳ですが、そのはじまりは遠い昔の人々が海の彼方の理想郷「ニライカナイ」の神々に豊漁と豊穣を祈ったといわれる伝説にさかのぼります。
南風原の崎山の里主という者が海浜で光を放つ不思議な「ものを言う石」を見つけ、その石に祈ると豊漁が続くようになりました。この霊石を諸神が奪おうとしたことで里主が波上山(はじょうさん、現在の波上宮の鎮座地)へ逃れると、「吾は熊野権現也、この地に社を建てまつれ、然らば国家を鎮護すべし」という神託があり、王府が社殿を建立したのが波上宮のはじまりと伝わっています。
このような創建の由来から波上宮は、沖縄古来の「ニライカナイ信仰」と日本本土の「熊野信仰」が融合した沖縄ならではの独特の信仰の形をもつ神社であると考えられています。
御祭神は、主祭神として伊弉冊尊(いざなみのみこと)・速玉男尊(はやたまをのみこと)・事解男尊(ことさかをのみこと)の熊野三神、相殿神として竈神(ヒヌカン、火の神のこと)・産土大神(うぶすなおおかみ)・少彦名神(すくなひこなのかみ、薬祖神のこと)が祀られています。
縁結び・安産・厄除・海上安全・国家鎮護と幅広い御神徳から、地元の人はもちろん国内外の参拝者が訪れていて、私が参拝した令和7年(2025年)10月と令和8年(2026年)4月のいずれも、境内には多くの外国人観光客の姿もありました。隆起したサンゴ礁の断崖の上に朱塗りの社殿が建ち、境内には海風が吹き込み波の音が絶えず聞こえてくる、沖縄ならではの参拝体験ができるスポットとして人気になっています。



波上宮では、直書き対応可能な基本の御朱印のほか、書き置きタイプのアート御朱印や兼務社の御朱印が授与されています。
基本の御朱印は、中央に「波上宮」、右上に「奉拝」、左に「参拝日付」の墨書きに、右下に「沖縄総鎮守」の角印、中央に「玻名城(はなぐすく) 波上宮」の朱印がおされるデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただき、初穂料は500円でした。

波上宮は、1429年~1829年に現在の沖縄県を中心に存在した琉球王国(りゅうきゅうおうこく)において、王府から特別の扱いを受けた「琉球八社」のうち、「当国第一の神社」として最高位に位置づけられていました。
那覇港を出航する船は波上宮の崖と社殿を見上げて航路の平安を祈り、入港する船は航海無事への感謝を捧げました。琉球王自らが毎年正月に列を整えて参拝するほど、国家の守護神として深く崇敬されてきた歴史を有しています。明治時代に沖縄県が設置されたのち、大正14年(1925年)に官幣小社に列格し、沖縄県を代表する神社としての格式を高めました。第二次大戦で被災しながらも戦後に再建され、平成5年(1993年)には社殿が竣工されました。
御朱印の「沖縄総鎮守」の表記には、波上宮が沖縄の地を守り続けてきた長い歴史と高い格式、また、沖縄の人たちの信仰の姿が宿っているといえます。現在は神社本庁の別表神社であり、全国一の宮会にも加盟して「琉球国一の宮」としても崇敬をあつめています。
社印に表記される「玻名城」は、「花城」「端城」とも書き、「ぐすく」とは琉球語で城や聖域、「はな」は突端を意味しています。すなわち玻名城とは、「突端にある聖域・神の城」を意味し、波上宮が立地してる断崖地形を表した地名でもあります。
御鎮座の伝説で里主が逃れてきた場所は「波上山《現在の波上宮御鎮座地で花城とも呼んだ》」とされており、波上宮が建てられる以前からこの断崖が「はなぐすく」として地域の人々に知られていた場所でした。さらに遡れば、1531年~1623年に編纂された琉球最古の歌集「おもろさうし」におさめられた歌に、「波の上(なみのうへ)」や「端ぐすく(はなぐすく)」という言葉が登場します。波上宮創建よりもはるか昔から、この地が聖地として人々の祈りを受け止めてきた場所であったことが記録からも明らかです。断崖そのものが昔から「神の居る城」だったことを物語っています。
御朱印の「玻名城」の表記は、古代の聖地の記憶を今に伝えるものであるといえるでしょう。
波上宮の御朱印には、琉球の人々が何百年もの間、神の居る断崖に向かって祈り続けてきた時間のすべてが静かに凝縮されていると思います。そのような感覚で拝受した御朱印を見返すと、込められた想いの重みがまるで違って感じられます。
波上宮では、社殿と断崖の様子が鮮やかに描かれた御朱印や刺繍が施された御朱印などのアート御朱印も授与されていますので、参拝の際にはどのような御朱印が授与されているかチェックして、お気に入りの1体を見つけてみてください。


波上宮の境内には昭和天皇御製碑が安置されています。
第二次世界大戦終戦後、昭和天皇は全国各地を訪問しますが、沖縄だけは米国施政下のために長らく訪問が叶いませんでした。本土に復帰し、沖縄行幸がようやく決定した昭和62年(1987年)に病に倒れ、沖縄の地を踏むことなく崩御してしまいます。
御製碑に刻まれた「思はざる病となりぬ沖縄を たづねて果さむつとめありしを」という御歌は、9万人以上の民間人が命を落とした激戦地の沖縄に生涯心を寄せ続けた昭和天皇の御心を静かに伝えています。
波上宮が琉球の時代から近現代まで、この地の歴史と祈りを見守り続けてきた場所であることを、あらためて深く感じさせてくれる碑ですので、参拝の際にはぜひご覧になってみてください。

波上宮は、ニライカナイへの祈りと熊野三神への崇敬が融合した、唯一無二の沖縄総鎮守です。御朱印には、琉球王国の時代から国家と海を守護してきた長い歴史と祈りの重みが凝縮されています。参拝後には、波之上橋や波の上ビーチから青い海に浮かぶ竜宮城のような波上宮の絶景も楽しんでみてください。沖縄の風と波の音を全身で感じる特別な参拝・御朱印拝受体験ができるおすすめの神社です。
※全国の一の宮に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】全国の有名な「一の宮」でいただける御朱印情報まとめ
ライター:たまえ
家族旅行では各地の神社仏閣を訪れ、御朱印巡りを楽しんでいます。弓道や茶道にも親しみ、日本文化への興味が尽きません。その土地の空気や人との出会いを大切にし、思わず訪れたくなるような御朱印の魅力を発信していきたいと思っています。
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「縁結び」にちなんだ祭事やお守りが有名な埼玉県川越市にある「川越氷川神社」。特に夏の風物詩「縁むすび風鈴」の期間中は、良縁を願う参拝者で賑わい、特別な御朱印をいただくことができます。
愛知県新城市にある「鳳来山東照宮」は、江戸幕府3代将軍・徳川家光の命によって創建された、江戸幕府初代将軍・徳川家康を祀る神社です。江戸時代初期の姿を現代に受け継ぐ豪華絢爛な社殿など複数の建造物・物品が国の重要文化財に指定されていることが記される、徳川家ゆかりの御朱印をいただくことができます。
兵庫県神戸市中央区にある「湊川神社」は、明治時代に創建された兵庫県内屈指の参拝者数をほこる神社です。御祭神は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武将・楠木正成で、天皇に忠義を尽くした歴史が御朱印にも表現されています。
広島県広島市中区にある「白神社」は、かつての広島城下町の総氏神で、「しらかみさん」の愛称で親しまれている神社です。広島の歴史を物語る「安芸乃国」と墨書きされる御朱印におされる2種の「神璽印」からは強い御神徳を感じました。