- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
熊本県熊本市にある「健軍神社」は、阿蘇信仰にゆかりの深い古社で、地域の守り神として親しまれてきました。御朱印には「熊本市最古社」「参道一,二三〇メートル」という神社の特徴が記され、長い歴史と大きな誇りを感じることができます。
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熊本県熊本市東区、中心市街地の東部にある「健軍神社(けんぐんじんじゃ)」は、境内に一歩足を踏み入れると落ち着いた静けさが漂う神社です。肥後国(ひごのくに、現在の熊本県)の一之宮である阿蘇神社(あそじんじゃ、阿蘇市)を中心とする阿蘇信仰にゆかりの深い神社として、甲佐神社(こうさじんじゃ、上益城郡甲佐町)、郡浦神社(こうのうらじんじゃ、宇城市)とともに「阿蘇四社」のうちの1社に数えられています。
阿蘇信仰とは、火を噴く阿蘇山(あそさん)を崇める火山信仰と、阿蘇を開拓した神を祀る阿蘇神社を中心とした信仰が融合したもので、古代から続く火山への畏怖と、農耕・開拓の守護神への祈りが一体となった独特の信仰体系のことです。
※阿蘇神社に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】熊本県「阿蘇神社」の神話と楼門再生の歴史を刻む「肥後国一之宮」の御朱印
建軍神社の古い記録によると、創建は欽明天皇19年(558年)に阿蘇神社の神を勧請したことに由来します。古くは「たけみや」と呼ばれていましたが、昭和の時代になり「けんぐん」と音読されるようになりました。
明治10年(1877年)の士族による武力反乱・西南戦争では、薩軍を救援するために結成された熊本隊の挙兵の地としても知られ、静かな境内の佇まいの奥に、熊本の近代史ともつながる一面が重なります。参拝はもちろん、熊本の歴史に触れる場所としても訪れたい神社です。



健軍神社では社務所で御朱印が授与されています。
「奉拝」「健軍神社」「参拝年月日」の墨書きに、御神紋「鷹の羽」と「健軍神社」の朱印、そして「熊本市最古社 参道一,二三〇メートル」の印がおされるデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただき、初穂料は300円でした。

御朱印に記される「熊本市最古社」は、健軍神社が熊本市内でも特に古い由緒をもつ神社だということを表しています。
第29代・欽明天皇の時代(6世紀頃)、阿蘇神社への供え物を運ぶ道中は、洪水や日照り、雪霜などで厳しく、人々の参詣や暮らしの負担が大きかったといいます。ある年の冬、阿蘇神社へ参拝に向かう途中に大雪で足止めされた国司が、この地で遥拝し、人々の参詣の負担を救うため阿蘇大神の勧請を祈願しました。すると夜明け前、国司の前に現れた童子が「ここに阿蘇大神を勧請し、西向きの社として『健軍』と名付けよ。私は阿蘇大神である」と告げたため、社殿を建てて阿蘇大神の荒霊(あらみたま)を祀り、健軍神社と称したとされています。
健軍神社の御祭神は、健緒組命(たけおぐみのみこと)、健磐龍命(たけいわたつのみこと)をはじめとする十三柱とされ、地域の守り神として親しまれてきました。
御祭神としてまず挙げられている健緒組命は、第12代・景行天皇(けいこうてんのう)の時代(3世紀頃)に、益城郡(ましきぐん)の朝来那山(ちょうらいなさん)にいた賊を討って功績を立てた神で、その働きをたたえて祀られるようになりました。健緒組命は、阿蘇神社の主祭神である健磐龍命の5代目の孫、または淑父にあたる神ともいわれています。
また、「参道一,二三〇メートル」の文字は、健軍神社の西側、電車通りに立つ大鳥居から社殿へとまっすぐ伸びる参道(楼門前の二の鳥居まで)の長さを表します。参道の路面には石灯籠と桜並木が続き、季節ごとに表情を変えながら参拝者を迎えてくれます。
この参道は、熊本城を築いた戦国武将・加藤清正(かとうきよまさ)が、馬の調練のために造った道です。馬場の長さが八丁(約900m)あったことから「八丁馬場(はっちょうばば)」と呼ばれました。のちに加藤清正が健軍神社へ奉納し、当時植えられた杉並木の一部が今も残っています。現在でも大鳥居近くの電停に「八丁馬場」の名が受け継がれており、電停を降りて参道を歩くひとときは、街なかにいながら歴史を感じられる、健軍神社ならではの見どころです。
※加藤清正と関連が深い加藤神社に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】熊本県「加藤神社」の加藤清正への尊敬の念を感じる御朱印

健軍神社では、本殿に向かって左手に境内社が鎮座しており、参拝の折にあわせて立ち寄りたい見どころのひとつです。健軍神社の大鳥居付近の地名「神水(くわみず)」に由来する「雨宮神社(あめみやじんじゃ)」をはじめ、6社が並んでいます。

雨宮神社は「雨宮大神(あめみやのおおかみ)」を祀る社で、古くから「雨」にまつわる信仰を担ってきたと伝わります。伝承によると、寛和年間(10世紀後半)、近くを流れる川の中に、雨の気配がすると水中から浮かび上がり、晴れると沈むという不思議な霊石があったといいます。その石を神託により祀ったところ雨が降り、以来この地は不浄を禁じ、「神水」と呼ばれるようになりました。やがて霊石は健軍神社の境内へ遷され、雨宮大神として祀られました。
さらに慶長年間(16世紀末〜17世紀初頭)には、加藤清正が自ら参詣して祈雨の歌を奉り、雨が降ったという逸話も残っています。

このほか、「美和神社(みわじんじゃ)」には国造りの神として知られる「大物主大神(おおものぬしのおおかみ)」を含めた四柱、「国造神社(こくぞうじんじゃ)」には健磐龍命の御子神である「速瓶玉命(はやみかたまのみこと)」が祀られています。「日吉神社(ひよしじんじゃ)」には山の神「大山咋命(おおやまくいのみこと)」ほか一柱、「天社神社(あめのやしろじんじゃ)」には「天社大神(あめのやしろのおおかみ)」、「矢城神社(やしろじんじゃ)」には矢城山の山神のほか稲荷大明神や青龍龍神も祀られています。
境内社をめぐることで、健軍神社が大切にしてきた信仰の広がりを感じることができます。
健軍神社は、熊本市中心市街地の東部に鎮座し、人々の暮らしのすぐそばで古くから親しまれてきた神社です。御朱印に記される「熊本市最古社 参道一,二三〇メートル」の文字からは、長い歴史と神社の規模の大きさを感じることができます。大鳥居から社殿へまっすぐ伸びる長い参道は、春は桜に彩られるなど魅力的な景観で、神社への道のりも楽しみのひとつです。参拝の際は境内社もあわせて巡り、健軍の地に息づく祈りと歴史に思いを寄せてみてはいかがでしょうか。
ライター:nakamuraya
旅好きな観光ガイド・WEBライター。書くことと話すこと、両方の言葉の力で、日本の魅力を国内外の人々に伝える活動をしています。初めての一人旅で京都を訪れて以来、神社仏閣に興味を持ち、御朱印の奥深さにも惹かれました。日本の歴史や文化に深く関心を抱き、伝統や美しさを巡る旅を楽しんでいます。
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