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埼玉県川越市にある「川越八幡宮」は、川越藩の武士・領民から広く崇敬をあつめた歴史をもつ神社です。八幡神や神使・鳩の「川越の守護神」「勝負の神様」の御神徳が凝縮された基本の御朱印のほか、複数の末社の御朱印や、季節や祭事にあわせて授与される限定アート御朱印など、多種多彩な御朱印が授与されています。
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目次
埼玉県川越市、JR・川越駅と西武鉄道・本川越駅を結ぶ商店街「クレアモール」から1本隣の通りにある「川越八幡宮(かわごえはちまんぐう)」は、「川越の守護神」「氏神さま」として、川越藩の武士・領民から広く崇敬をあつめた歴史をもつ神社です。
川越八幡宮は、平安時代の長元3年(1030年)、第68代・後一条天皇(ごいちじょうてんのう)の時代に、甲斐守源頼信(かいのかみみなもとのよりのぶ)によって創祀されたと伝わっています。
常陸国(ひたちのくに、現在の茨城県)、下総国(しもうさのくに、現在の千葉県北部)、上総国(かずさのくに、現在の千葉県中部)に所領を持っていた上総介平忠常(かずさのすけたいらのただつね)は、長元元年(1028年)に朝廷に対し謀反を起こしました。3年に渡って続いた争乱は、のちに長元の乱と呼ばれる大規模なものでした。
そこで、甲斐守源頼信が長元3年(1030年)に追討の命を受け出兵した際に、河越(かわごえ、現在の埼玉県川越市)の地で戦勝祈願を行い、反乱を平定することができました。御神恩に感謝して、豊前国(ぶぜんのくに、現在の大分県)にある「宇佐神宮(うさじんぐう)」から勧請し創建されたのが川越八幡宮の始まりで、令和12年(2030年)に創建1,000年の節目を迎えます。
※宇佐神宮に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
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室町時代の長禄元年(1457年)に当時の関東管領・上杉氏の家臣・太田道灌(おおたどうかん)によって河越城が築かれると、川越八幡宮は城内に分霊され河越城の守護神として崇敬されました。以来、河越の歴代城主・藩主の深い崇敬を受け、社殿の造営、神田・神宝の寄進が行われるなど隆盛していきます。以来「川越の守護神」「氏神さま」として、川越地域で重要な役割を果たしてきました。
戦勝祈願・成就の創建の由来から、現代においても「勝負に勝つ」というご利益を求めて、多くの人が日々参拝に訪れていて、「勝」のお守りや絵馬を奉納する姿が見られます。また、夫婦円満・慈愛の神としてもその名が知られています。


私が川越八幡宮を参拝した令和8年(2026年)6月には、基本の御朱印をはじめ、複数の末社の御朱印や多種多様な限定御朱印が授与されていました。
基本の御朱印は、右上に「奉拝」、中央に「川越八幡宮」、左側に「参拝日」の墨書き、右上に「月替わりの鳩」、右下に「夏詣」、中央に「川越八幡宮」、左下に「川越市八幡神社社務所印」の朱印・スタンプがおされるデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただき、初穂料は500円でした。なお、時期や時間帯によっては直書きの対応ができず書き置きタイプのみの対応になることもあるそうなので、直書きでの拝受を希望する場合は、事前に確認しておくことをおすすめします。

川越八幡宮の名称は、江戸時代後期の川越城主・酒井雅楽頭忠道(さかいうたのかみただみち)が名付けたと伝わっています。
現在の川越市内には、川越と名の付く神社がたくさんあるのですが、同じ名称の他の神社と区別するために川越の地名を通称としてつけていることによるもので、正式名称として川越を冠するのは川越八幡宮のみです。この事実からも、川越八幡宮が地域の中心的役割を担ってきた重要な神社であることがわかります。
ちなみに史料によると室町時代までは「河越」の表記が一般的でしたが、江戸時代に入ると「川越」が広く使われるようになっていったようです。酒井雅楽頭忠道が奉納したとされる神号軸には古い地名表記の「河越」が使われており、神号軸の書体を写した特別な御朱印も授与されていました。
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川越八幡宮の御祭神は、八幡神(はちまんしん)と総称される第15代・応神天皇(おうじんてんのう)とその母・神功皇后(じんぐうこうごう)、比売神(ひめがみ)の三柱です。古くは皇室の祖神として崇敬され、平安時代以降は源氏をはじめとする武家の守護神として信仰をあつめました。現代においては、厄除けや開運、勝運、家内安全、安産、交通安全など幅広いご利益がある神として親しまれています。
その八幡神の使いとされているのが御朱印にも描かれている「鳩」です。八幡神が現れる際に鳩が姿を見せたという伝承に由来し、平和や神意を象徴する神聖な鳥として古くから大切にされてきました。前出の神号軸写しの御朱印の「八」の字も鳩が象られています。川越八幡宮の御朱印に描かれている鳩は、以前はデザインが1種類に決まっていましたが、現在は月替わりで縁起が良く幸せになれる漢字1文字と和風月名が入り、鳩が運んで来る様子を表現したデザインになり、御朱印に彩りが増し、より大きなご利益をいただけるような印象を受けました。

「夏詣」のスタンプは、立夏(5月上旬から中旬)を過ぎてから8月31日までの期間限定でおされる特別なものです。夏詣とは主に7月の夏の季節に「過ぎし半年に感謝し、来たる半年に祈りを込める」という参拝習慣です。東京都にある浅草神社(あさくさじんじゃ)が平成26年(2014年)に提唱したとされていて、現在は全国の650に及ぶ神社・寺院で夏詣が行われているといわれています。御朱印を見返すと暑さが増してくる時期に参拝した思い出が鮮やかによみがえります。
※浅草神社に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
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川越八幡宮の御朱印は、川越地域で重要な役割を果たしてきた由緒正しき歴史と八幡神・神聖な鳩の幅広いご利益が凝縮され、一期一会の参拝の記憶を留める記念品としても工夫が凝らされた1体だと思います。
私が参拝した令和8年(2026年)6月には、季節限定の紫陽花御朱印も授与されていたので拝受しました。
透明のプラチック製で、右上に「奉拝」、左側に「参拝日」の黒字、中央に「川越八幡宮」の青字の印刷、中央に「川越八幡宮」、左下に「川越市八幡神社社務所印」の朱印がおされ、周囲には色とりどりの紫陽花の花と水面の波紋が描かれたデザインで、初穂料は700円でした。

川越八幡宮の境内には、様々な品種の紫陽花約300株が植わっていて、初夏の時期に参拝者の目を楽しませています。例年、5月中旬から7月中旬にかけては「紫陽花まつり」が開催されていて、手水鉢に紫陽花が浮かぶ「花手水」など特別な演出がされていますので、祭事にあわせて参拝するのもおすすめです。
紫陽花をデザインしたアート御朱印以外にも、季節の花とその年の希望の一文字がデザインされた季節限定切り絵御朱印など、季節や祭事などにあわせて多種多彩な御朱印が授与されていますので、参拝の際にはどのような御朱印が授与されているかぜひチェックして、お気に入りの1体を見つけてみてください。
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川越八幡宮には複数の末社があり、末社の御朱印も授与されています。
今回私が拝受した境内末社の「民部稲荷神社(みんぶいなりじんじゃ)」の御朱印は、右上に「奉拝」、中央に「民部稲荷社」、左側に「参拝日」の墨書き、右下に「足腰健康」、中央に「相撲稲荷」、左下に「川越八幡宮」の朱印・スタンプがおされるデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただき、初穂料は500円でした。

民部稲荷神社の御祭神は、五穀豊穣のご利益で知られる倉稲魂神(うがのみたまのかみ)で、使いが狐であることが有名です。
昔、八王子に住んでいた老狐が、人間の侍に化け「民部」と名のり暮らしていましたが、老僧に正体を知られたため、川越の梵心山(ぼんしんやま、現在の川越市新富町2丁目にある小高い丘)に移り住みました。この狐は、相撲が得意で、老僧に「捻挫や打ち身」の手当の仕方を教えて去っていったといいます。この伝承から、老狐が民部稲荷神社として祀られ、金運上昇や打身捻挫にご利益があるといわれて信仰をあつめ、「相撲稲荷」とも呼ばれています。
この伝承は、TVアニメ「まんが日本昔ばなし」の中で「相撲稲荷」として紹介され、知名度がさらに上がりました。「足腰の健康」の御神徳から、箱根駅伝やマラソン大会に出場する人の参拝もあるそうです。
民部稲荷神社は、江戸時代後期頃に荒廃して、明治時代に川越八幡宮に遷されました。梵心山の地域自治会が新社殿造営を計画した際、地元にある丸広百貨店と協議して、百貨店屋上に遷座して祀り、百貨店屋上のお社を「奥宮」、川越八幡宮境内のお社を「里宮」としました。
おもしろい伝承が残り、ご利益もユニークな神社ですので、川越八幡宮を訪れた際にはぜひあわせて参拝して、伝承やご利益が記載された御朱印を拝受してみてください。

このほかにも境内末社「川越三峯神社(かわごえみつみねじんじゃ)」、境外末社「仙波東照宮(せんばとうしょうぐう)」の御朱印も授与されていますので、様々な神様とご縁をいただいて複数の御朱印を拝受するのも川越八幡宮の参拝の楽しみのひとつだと思います。
※仙波東照宮に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】埼玉県「仙波東照宮」の徳川家康の御神徳と南光坊天海の想いが詰まった御朱印
川越八幡宮の複数の境内社の中で、私が注目したのは「目の神様」で、医薬・温泉・酒造の神である少彦名命(すくなひこなのみこと)が祀られています。生きるための技術や医薬の道を授け、病に苦しむ、特に「心身の目」に悩む人を救うといわれていることから、「眼病平癒」を願う人が参拝に訪れています。
目の神様の社の隣にある御神木「目薬の木」は、日本にだけ自生する珍しい樹木で、江戸時代には樹皮を煎じて点眼薬や洗眼薬として利用されていました。
多数ある境内社にも目を向けてみると、川越八幡宮がいろいろなご利益がある神社として崇敬されていることがよくわかるでしょう。

川越八幡宮は、1,000年以上にわたって川越の地を見守ってきた神社です。「川越」の地名を冠する唯一の神社の御朱印には、八幡神・神聖な鳩の幅広いご利益が凝縮され、参拝の記念品としても工夫が凝らされています。にぎやかな商店街の側の朱塗りの鳥居から裏参道に進んだ先にある厳かで静謐な空気がただよう境内で、社の説明板を読みながら、社殿をはじめ複数の境内社をじっくり参拝すれば、川越の歴史を体感する穏やかな時間を過ごすことができるでしょう。
ライター:民蔵
埼玉県在住、歴史関係が好きで古銭の収集や神社仏閣・城郭・博物館などの見学をライフワークにしています。寺社を見学するついでにと思って御朱印をいただき始めましたが、御朱印に記載された内容の意味がわかってくるともっと知りたくなりました。御朱印に込められた思いを、現地の空気感も含めてご紹介できればと思っています。
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