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【御朱印情報】埼玉県「慈恩寺」の「子宝・安産」の願いが込められた千手観世音菩薩の御朱印

埼玉県さいたま市岩槻区にある「慈恩寺」は、天台宗の高僧・慈覚大師円仁によって開創され、武士の崇敬をあつめてきた古刹です。子宝・安産の願いが込められた御本尊・千手観世音菩薩の御朱印が授与されています。

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天台宗の高僧「慈覚大師円仁」によって開創された「慈恩寺」

埼玉県さいたま市岩槻区、江戸時代に徳川歴代将軍が日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)の参拝に使用した日光御成街道(にっこうおなりかいどう)沿いにある「慈恩寺(じおんじ)」は、正式には「華林山最上院慈恩寺(かりんさんさいじょういんじおんじ)」と称する天台宗の古刹です。

 

慈恩寺は、平安時代初期の天長元年(824年)に天台宗の高僧・円仁(えんにん)によって開創されました。
円仁は、天台宗を開いた最澄(さいちょう)の弟子で、遣唐船で唐(とう、現在の中国)に渡り、中国仏教三大霊山に数えられる五台山などで修行したのち帰国、関東に209寺、東北に331寺を開山し、天台宗の布教に努めました。慈恩寺という寺名は、慈覚大師が学んだ唐の長安(ちょうあん、現在の西安(せいあん))にある大慈恩寺にちなんでいます。
功績が認められ、天台宗の総本山「比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)」の第3代座主となり、死後に朝廷より「慈覚大師(じかくだいし)」という諡号がおくられました。

慈恩寺_開山堂
慈恩寺では、もとは境内の池の端にあった修行者が住む行堂(あんどう)を移築した開山堂に、慈覚大師円仁が祀られています。

 

戦国時代には慈恩寺がある地域は小田原城(おだわらじょう、現在の神奈川県小田原市に立地)を本拠としていた北条氏(ほうじょうし)のに治められたことにより岩槻城主の庇護を受けました。
江戸時代に入り、江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)や歴代岩槻藩によって保護されます。現在の東京都文京区本郷から埼玉県幸手市の間が日光御成街道として整備されると、徳川将軍の宿泊場所として往復とも岩槻城が定められたことにより、街道沿いある慈恩寺も重要な役割を果たします。3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)が昼食を摂ったり、日光東照宮の管理を兼務していた現在の東京都台東区にある寛永寺(かんえいじ)の住職がしばしば訪れて宿泊したことが記録に残っています。
※日光東照宮に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

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最盛期には、13万5千坪(東京ドーム約10個分)の広大な境内と塔中66坊を有する大寺院でしたが、戦乱や数度の大火により荒廃し、多くは農地となり、現在に至っています。

慈恩寺_山門
幾多の火災にも焼け残った慈恩寺の山門は、江戸時代初期の元禄4年(1691年)建立と伝わっています。
慈恩寺_境内
左方向の山門から、中央の本堂まで広い空き地があり、当時の広大な境内の一端をしのぶことができます。

 

 

「子宝・安産」の願いが込められた千手観世音菩薩の御朱印

慈恩寺では、私が参拝した令和8年(2026年)7月には1種類の御朱印が授与されていました。

 

右上に「奉拝」、右下に「武州 岩槻」、中央に「華林山慈恩寺」、左下に「執事」、一番左に「参拝日」の墨書き、右上に「坂東拾二番」、中央に「宝珠の中に千手観世音菩薩(せんじゅかんぜおんぼさつ)の梵字印」、左上に「午歳結縁」、右下に「慈恩寺印」の朱印がおされるデザインで、坂東三十三観音霊場(ばんどうさんじゅうさんかんのんれいじょう)の専用台紙に直書きしていただき、志納料は500円でした。

慈恩寺_御朱印
御仏に仕える者を意味する「執事」の墨書きがめずらしい慈恩寺の御朱印です。

 

慈恩寺の御本尊は千手観世音菩薩です。「千の手」と「千の目」を持つ仏様で、すべての苦しみを見つめ、救いの手を差し伸べるとされています。
慈恩寺の開創に際して、円仁が毘沙門天のお告げにより千手観世音菩薩像を彫刻して本尊にしたという言い伝えがあります。その後、火災により焼失したあと、江戸時代の寛永年間(1624年~1643年)に徳川家康のブレーンであり、現在の埼玉県川越市にある喜多院(きたいん)の住職でもあった天海僧正(てんかいそうじょう)が比叡山延暦寺より木造千手観世音菩薩坐像を招来したとされ、現代にも受け継がれています。
※喜多院に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

 

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千手観世音菩薩は「万能の観音」とされ様々なご利益があるといわれていますが、慈恩寺では特に夫婦円満・家内安全・子宝・安産の仏様として信仰され、毎年秋の大祭ではその年に結婚した婦人が姑と共に参詣し、子宝を祈願する風習が現在も伝わっています。

慈恩寺_本堂
御本尊・千手観世音菩薩が祀られている本堂は、江戸時代後期の天保14年(1843年)建立と伝わっています。

 

観音菩薩の霊験あらたかな寺院であることから、関東地方の1都6県の有力な観音霊場を巡る坂東三十三観音霊場の12番札所にも選ばれています。坂東三十三観音霊場は、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝(みなもとのよりとも)が、平氏討伐の際、多くの坂東武者が関西地方の有力な観音霊場を巡る西国三十三所を巡拝・見聞したことと、源頼朝のあつい観音信仰が結びついて、鎌倉時代初期に創建され、現代でもたくさんの人が観音菩薩の御加護を求めて巡っています。
板東三十三観音霊場では、十二支の午年に秘仏の扉が開かれる「総開帳」があり、令和8年(2026年)がその特別結縁の年にあたっていたため、御朱印の左上に「午歳結縁」の特別な朱印をおしていただけました。

慈恩寺_坂東三十三観音霊場専用台紙
坂東三十三観音霊場の専用台紙は、見開きサイズで、左面には御詠歌が記されています。
坂東三十三観音霊場納経帳
坂東三十三観音霊場の専用納経帳は、専用台紙が綴じ込まれている形態です。

 

坂東三十三観音霊場の専用台紙に記されている御詠歌とは、寺院の歴史や由緒、仏様の教えをわかりやすく伝える和歌です。
「慈恩寺へ 詣る我が身も たのもしや うかぶ夏島(げしま)を 見るにつけても」の歌は、慈恩寺を訪れる人々が静けさや美しさに触れ、心が洗われることを願う気持ちを表しており、特に境内にある沼の島(夏島)を眺めることで、自然の美しさや人生の奥深さを感じることができるということを意味しています。

 

慈恩寺の御朱印には、開山以来受け継がれてきた千手観世音菩薩の強大な御霊験と、関東地方を代表する観音霊場として刻んできた長く深い歴史が宿っているように感じました。

 

 

 

 

玄奘三蔵法師の霊骨を祀る「玄奘塔」

慈恩寺を訪れた際には、慈恩寺から南に約1kmほどの場所にある「玄奘塔(げんじょうとう)」にもぜひお立ち寄りください。
玄奘塔とは、玄奘三蔵法師(げんじょうさんぞうほうし)の霊骨を祀る塔のことです。玄奘三蔵法師の名は、「西遊記(さいゆうき)」の物語で一度は名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。経典を求めて遠く天竺(てんじく、現在のインド)まで苦難の旅路を続け、法相宗を開いた名僧です。

 

昭和17年(1942年)12月、中国の南京を占領していた旧日本帝國陸軍の部隊によって、石棺が発見され、石棺には玄奘三蔵法師の頂骨(頭蓋骨の一部)であることが記されており、日中両国の専門家の調査の結果、本物であることが確認されました。翌年に南京政府に還付され、昭和19年(1944年)には、南京玄武山に玄奘塔が完成し盛大な式典が行われました。その際に「法師は仏教の一大恩人であり、日中の仏教徒が永遠に法師の遺徳を大切にしよう」という趣旨で日本に対して分骨されました。
当初は東京都の増上寺(ぞうじょうじ)に安置されましたが、当時は太平洋戦争末期であり、空襲により灰燼に帰する可能性があり、埼玉県蕨市の三学院(さんがくいん)に仮安置され、さらに慈恩寺を開創した慈覚大師円仁が玄奘三蔵法師ゆかりの長安の大慈恩寺で修行した縁から慈恩寺に奉安されました。そして昭和28年(1953年)に霊骨を納めた玄奘塔が完成し、その後に奈良県にある法相宗大本山である薬師寺(やくしじ)から分骨を奉迎いたしたいとの意向があり、分骨も行われています。
※増上寺に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

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玄奘塔は、中国の名僧の霊骨が納められている希少な史跡で、慈恩寺の開祖である慈覚大師円仁と中国との縁を体感することができますので、慈恩寺とあわせて参拝されることをおすすめします。

慈恩寺_玄奘塔案内図
慈恩寺から歩くと約20分ぐらいの場所に玄奘塔があります。
慈恩寺_玄奘塔
玄奘塔は、花崗岩の石組みによる十三重の塔で、威厳を放っていました。

 

 

慈恩寺は、1200年もの昔から武士を中心に地域の信仰をあつめてきた古刹です。御朱印には、開山以来受け継がれてきた千手観世音菩薩の強大な御霊験が込められているように感じました。関東屈指の由緒を誇ることを物語る玄奘塔とあわせて参拝すれば、心安らかな体験ができることでしょう。

 

 

 

 

ライター:民蔵
埼玉県在住、歴史関係が好きで古銭の収集や神社仏閣・城郭・博物館などの見学をライフワークにしています。寺社を見学するついでにと思って御朱印をいただき始めましたが、御朱印に記載された内容の意味がわかってくるともっと知りたくなりました。御朱印に込められた思いを、現地の空気感も含めてご紹介できればと思っています。

 

 

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