- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
東京都日野市にある「日野八坂神社」は、日野地域の総鎮守として重要な役割を果たしてきた古社です。幕末に活躍した「新選組」ゆかりの神社としても知られ、新選組をモチーフにした御朱印など、多種多彩なアート御朱印が授与されていることで話題になっています。
スポンサーリンク
東京都日野市、JR日野駅から徒歩約3分の江戸時代の五街道の一つである甲州街道沿いにある「日野八坂神社(ひのやさかじんじゃ)」は、日野地域の総鎮守として長い歴史を持ち、「天王さま」として親しまれてきた古社です。
創建年代は明らかではありませんが、社伝によればその起源は多摩川にまつわる伝説にさかのぼるといわれます。
あるとき、氾濫後の多摩川の淵に光るものが現れ、里の老翁が拾い上げると、それは金色に輝く牛頭天王(ごずてんのう)の像でした。牛頭天王はインド・祇園精舎の守護神で、古くから疫病を鎮める神として信仰されてきました。里人たちは祠を建てて像を祀り、これが現在の日野八坂神社の始まりと伝わっています。
明治時代まで、日野八坂神社は「牛頭天王社」の名称で、地域の人々からは「天王さま」と呼ばれ親しまれていました。
室町時代の応永5年(1398年)に普門寺(ふもんじ)が別当寺となり、元亀元年(1570年)には現在地へ遷座した記録がのこっています。江戸時代には江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)から朱印状を受け、寛政12年(1800年)に現在の本殿が完成し、日野郷の総鎮守としての地位を確立しました。疫病除け・五穀豊穣・子孫繁栄の御神徳により、地域の人々の信仰をあつめてきました。
明治維新後、神仏分離令により「八坂神社」へ改称され、普門寺の別当は廃止されました。同時に主祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)に改められます。明治7年(1874年)には有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう)の揮毫による「八坂社」の扁額が掲げられ、現代にも大切に受け継がれています。
日野八坂神社は、牛頭天王社の時代から疫病除けや五穀豊穣、子孫繁栄のご神徳によって地域の人々の信仰をあつめ、日野のまちの発展と人々を支える拠りどころとして大切にされてきた神社です。



日野八坂神社では、複数種類のアート御朱印が授与されていて、御朱印巡り好きの人の間で話題になっています。
多種多彩な御朱印の中でも、日野八坂神社ゆかりの「新選組(しんせんぐみ)」をモチーフにした御朱印が有名で、今回私は毎年5月に開催される「ひの新選組まつり」に合わせて授与されていた限定御朱印をいただきました。
見開きの御朱印の右側全面に「八坂神社」の社名と中央に参拝日の墨書き、右下に「日野八坂神社」、中央に宮司の朱印がおされ、上下には新選組の羽織の色と同じ浅葱色のダンダラ模様の縁取り、右上には「新選組まつり」と中央に「誠」のスタンプ、左側全面には刀を振り上げた新選組隊士の絵が描かれた迫力あるデザインです。

新選組とは、幕末の京都で尊王攘夷派を取り締まり、幕府を支えた武士集団です。黒船来航以降、国内は攘夷派と佐幕派の対立が激化し、新選組は会津藩主・松平容保(まつだいらかたもり)のもと佐幕派として京都で活動しました。局長は近藤勇(こんどういさみ)、副長に土方歳三(ひじかたとしぞう)、天才剣士・沖田総司(おきたそうじ)ら名立たる隊士が名を連ねましたが、時代は倒幕へと傾き、慶応4年(1868年)1月の鳥羽・伏見の戦いで敗れた後、近藤は処刑、翌年には土方も箱館で戦死し、新選組は終焉を迎えました。
新選組と日野八坂神社の関係を語る上で欠かせないのが、日野宿の名主・佐藤彦五郎(さとうひこごろう)の存在です。
日野宿は甲州街道の宿場町として栄え、本陣・脇本陣を中心に旅籠が並ぶ大きな宿場でした。本陣と脇本陣の当主は、上佐藤家と下佐藤家の2家が代々つとめていました。彦五郎は幼くして下佐藤家の当主となり、22歳のときに火事場泥棒によって祖母を失うという悲劇を経験します。自衛の必要性を痛感した彦五郎は、嘉永3年(1850年)に天然理心流3代目宗家・近藤周助(こんどうしゅうすけ)に入門し、自宅の一角に道場を開きました。この道場に江戸市中にあった「試衛館(しえいかん)」から出稽古に訪れていたのが、近藤周助の弟子の近藤勇や沖田総司です。
佐藤道場の門人の中には、石田村(現在の日野市石田)に生まれた土方歳三もいました。歳三の姉・とくは彦五郎の妻であり、歳三と彦五郎は義理の兄弟の関係にありました。豪農の家に生まれながら武士にあこがれていた歳三は、佐藤道場で剣の腕を磨き、近藤や沖田とともに文久3年(1863年)に浪士組として上洛、これが後の新選組へとつながります。
彦五郎は近藤勇と義兄弟の契りを結び、彼らが上洛した後も物心両面で支援を続け、新選組の最後まで見守りました。こうして日野宿と新選組の深い縁が築かれていったのです。

日野八坂神社が新選組ゆかりの地とされる最大の理由が、境内に納められた天然理心流の奉納額です。
安政5年(1858年)の例大祭の日、佐藤道場の門人たちは日野八坂神社(当時は牛頭天王社)で剣術試合を行い、剣の上達を願って剣術額を奉じました。欅で作られた額には大小の木刀が掛けられ、筆頭に近藤周助、続いて佐藤彦五郎、井上源三郎(いのうえげんざぶろう)ら日野在住の門人たちの名が見受けられます。客分として参加していた沖田惣次郎(おきたそうじろう、沖田総司のこと)のすぐ後には、嶋崎勇(しまざきいさみ、近藤勇のこと)の名が記されています。当時、近藤は24歳、沖田は16歳で、若き剣士たちの息遣いが伝わる貴重な歴史的資料です。土方歳三の名がないのは、歳三が天然理心流に入門したのが翌年の安政6年(1859年)だったためです。奉納額は5月の「ひの新選組まつり」と9月の例大祭の日にのみ公開されます。


御朱印の力強く堂々とした字体で書かれた「日野八坂神社」の社名からは墨の香が漂い、アート御朱印でありながら直書きで仕上げられることならではの魅力を感じることができます。
日野八坂神社を訪れ、新選組モチーフの個性的な御朱印を拝受すれば、幕末にこの地で剣術修練に励んだ新選組隊士の姿が目に浮かんでくることでしょう。
なお、私が拝受した御朱印と関連している「ひの新撰組まつり」は、土方歳三の命日である5月11日前後の土日に毎年開催され、市内各所で新撰組にちなんだイベントが行われます。日野八坂神社では、「薬丸野太刀自顕流(やくまるのだちじげんりゅう)」や「天然理心流日野道場(てんねんりしんりゅうひのどうじょう)」による古武道の演舞が披露されています。

日野八坂神社でアート御朱印が授与されはじめたのは、平成28年(2016年)のことです。日野八坂神社らしいオリジナリティを表現したいという宮司の発案によるもので、授与開始以降たいへん好評を博し、遠方から参拝に訪れる人も増えたそうです。
現在では、御朱印のデザインが月ごとに変わり、基本の御朱印に加えて、季節や祭礼に合わせたデザインや、巫女シリーズ、猫シリーズなど多種多様な御朱印が授与されています。私が参拝した令和8年(2026年)5月には、直書きは基本の3種に加え、新撰組モチーフの新作3種、過去作15種、さらに月参りや猫の日にちなんだ3種があり、合計23種類もありました。この他に書置きタイプも10種類以上あり、どれも魅力的で選ぶのに時間がかかってしまいましたが、御朱印選びのうれしい迷いも日野八坂神社ならではの楽しみのひとつになっています。
アート御朱印でありながら、御朱印帳への直書き対応もしてくださっているので、御朱印拝受に時間がかかることがあることにはご留意ください。私は比較的空いている時間にお参りしたため、御朱印の待ち時間は10分程度でしたが、祭事などの混雑時には数時間の待たなければいけないこともあるようです。また、閉庁日もあるので、御朱印拝受を希望される場合は日野八坂神社の公式ホームページや公式Instagramなどであらかじめ状況を確認しておくことをおすすめします。
この投稿をInstagramで見る
日野八坂神社は、多摩川の伝承に始まり、中世・近世・幕末と続く日野地域の長い歴史を現代に伝える神社です。土方歳三の命日である5月11日前後の土日に開催される「ひの新選組まつり」では、神社も会場の一つとなり、多くの人で賑わいます。激動の時代を駆け抜け、自らの信念を貫いた新選組の若き志士たちの姿を、多種多彩なアート御朱印から思い浮かべてみてください。
ペンネーム:木々野緑
日本の旧暦としきたりを日々研究するライター。御朱印との出会いは一期一会と感じていて、皆さまの良きご縁の一助となれるよう、御朱印にまつわる歴史や込められた思いをお伝えします。
スポンサーリンク
「津田八幡神社」は、徳島県徳島市の南東部の海に面した津田地域に鎮座しています。500年以上の歴史があり、海上安全の神、女狸の神「お六さん」で知られ、宮司がデザインしたこだわりの御朱印が話題になっています。
オーダーメイド納経帳・御朱印帳「千年帳」の表紙用記事の開発・制作を担当している染匠・大野篤彦の伝統技術を引き継ぐ想い、讃岐のり染・讃岐正藍染の技法や特徴、千年帳の開発・制作の経緯などをインタビューしました。 (さらに…)
熊本県熊本市にある「高橋稲荷神社」は、商売繁盛・五穀豊穣のご利益が有名な熊本を代表する神社のひとつです。「日本稲荷五社」の1社であることが記される御朱印の他、祭事などにあわせてデザイン性豊かな限定御朱印も授与されています。
岡山県岡山市中区にある「玉井宮東照宮」は、古代創建の玉井宮と、江戸時代創建の備前東照宮が合祀された、岡山市街の発展に重要な役割を果たした神社です。オリジナリティ溢れる多種多彩な御朱印には、御祭神の「龍神」のご加護が込められています。