- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
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奈良県明日香村にある「飛鳥坐神社」は、古代の聖地・飛鳥の守護神として古くから崇敬をあつめてきた神社です。「首渠神」「元伊勢」と記される古代からの歴史が凝縮された基本の御朱印のほか、刺繍御朱印や祭事期間限定御朱印など、複数種類の御朱印が授与されています。
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奈良県明日香村、石舞台古墳(いしぶたいこふん)や飛鳥寺など古代遺跡が集積している地域にある「飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)」は、飛鳥の地の守護神として古くから崇敬をあつめてきた神社です。
飛鳥坐神社の創建年代は定かではありませんが、日本最古の史書「日本書紀(にほんしょき)」の天武天皇紀の朱鳥元年(686年)の条に「飛鳥の四社」として記録が残り、第40代・天武天皇(てんむてんのう)の病気平癒祈願のため朝廷から奉幣が行われたことが伝わっています。
平安時代の天長6年(829年)には神託により現在の鎮座地である鳥形山(とりがたやま)へ遷座し、官社一覧「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)」では「飛鳥坐神社四座 並名神大 月次 相嘗 新嘗」と記載されています。
「並名神大」とは神社の社格の中で最も高い「名神大社」を意味していて、また、「相嘗(あいなめ)」とは全国の限られた特定の有力な神に朝廷が新米を奉納する祭祀が行われる神社のことで、飛鳥坐神社を朝廷が古代から重要視していたことがわかります。
石段を登り鳥居をくぐった先に広がる境内からは、二上山(にじょうさん)、畝傍山(うねびやま)、甘樫丘(あまかしのおか)を望むことができる景勝地に飛鳥坐神社が立地していることがわかります。杉の木立に包まれ静寂に満ちたその空間は、飛鳥時代にタイムスリップしたかような、独特の空気を感じることができました。



現在の社殿は、平成13年(2001年)に奈良県・川上村の丹生川上神社上社(にうかわかみじんじゃかみしゃ)から譲り受けたもので、江戸時代江戸時代中期以来約200年を経て老朽化していた社殿が再建されました。
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御祭神は八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)、飛鳥神奈備三日女神(あすかのかんなびみひめのかみ)、大物主神(おおものぬしのかみ)、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の四柱で、縁結び・子宝・安産・五穀豊穣・家内安全など幅広い御神徳があるといわれ、現在もたくさんの参拝者が訪れています。
飛鳥坐神社では、基本の御朱印のほか、刺繍御朱印や祭事期間限定の御朱印など、複数種類の御朱印が授与されています。
私が令和5年(2023年)4月にいただいた基本の御朱印は、中央に「飛鳥坐神社」、右上に「首渠神(ひとごのかみ)」、左に「参拝日付」の墨書きに、右上に「大和国 飛鳥社」、中央に「飛鳥坐神社」、下部に「元伊勢 飛鳥」の朱印がおされるデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただき、初穂料は500円でした。

「首渠神」とは、飛鳥坐神社の主祭神・八重事代主神のことです。
日本書紀によれば、八重事代主神は日本の国土を開拓した大国主神(おおくにぬしのかみ)の第一子とされます。大国主神に対して、天照大御神(あまてらすおおみかみ)から天孫に国を譲るように要請があった際に、八重事代主神が1番に承諾したという「国譲り」の物語が有名です。飛鳥坐神社の由緒では、国譲りが成立した後、八重事代主神は八十万の神々を天の高市(あめのたけち、現在の飛鳥の地)に集めて統率し、「首渠神」すなわち「統率する神」として称えられたと伝えられています。
奈良時代に新任の出雲国造が天皇に対して奏上していた寿詞「出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)」には、大国主神が八重事代主神の御霊を「皇御孫命の近き守り神」として飛鳥の神奈備に奉斎したと記載があり、当時から皇室を守護する重要な神として位置づけられていました。
「首渠神」の墨書きは、飛鳥坐神社に伝わる神話や由緒の世界を現代に伝えているといえます。
「元伊勢」とは、天照大神が現在の三重県・伊勢神宮(いせじんぐう)に鎮座する以前に一時的に祀られていたと伝わる場所を指す言葉です。飛鳥坐神社が鎮座する鳥形山は、天照大神を初めて宮中の外で祀った地「倭笠縫邑(やまとかさぬいのむら)」であるとする伝承があり、現在の境内の奥の社には伊勢神宮の御祭神である天照大神と豊受大神(とようけのおおかみ)が祀られています。
天照大神がこの地に一時祀られたという伝承に由来して、「元伊勢」と呼ばれるようになりました。
※伊勢神宮に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】三重県「伊勢神宮」の内宮と外宮でいただける伝統的な御朱印
また、飛鳥坐神社の長い歴史を語るうえで欠かせないのが、神社の祭祀を代々担ってきた「飛鳥家(あすかけ)」の存在です。飛鳥家は古くから飛鳥坐神社の神職を務めてきた社家で、受け継がれてきた祭祀や神事を通じて、この地の信仰を守り続けてきました。飛鳥坐神社には氏子がおらず、飛鳥家が創建以来神社を支えてきたことは、飛鳥坐神社ならではの大きな特徴です。
初代神主・太宗直比古命(おおむねのあたいひこのみこと)は、崇神天皇の時代に「大神朝臣飛鳥直(おおみわのあそんあすかのあたい)」の氏姓を賜ったと伝わり、「飛鳥」の名の起源とされています。平安時代初期に編纂された古代氏族名鑑「新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)」や飛鳥家に伝わる系図にもその系譜が記され、現在の宮司は第87代にあたります。
また、飛鳥家には社家縁起や世系図、神職裁許状など、神社の歴史や祭祀を伝える貴重な古文書が受け継がれています。これらの資料には、飛鳥坐神社が古代から現代まで信仰を守り続けてきた歩みが記されています。
飛鳥坐神社の御朱印には、この地・神社が日本古代史にとってとても重要な場所であったことが示されていて、御朱印に記載されている要素をひとつひとつ確かめていくと、手の中の御朱印がまるで古代への扉のように感じられました。長い歴史を理解してから御朱印を眺めると、一文字一文字に込められた意味が心に深く染みわたることでしょう。
この御朱印を拝受した際に、同行していた子ども達に神職さんが御朱印をいただくことのありがたさを優しく伝えてくださったのが印象に残っています。
基本の御朱印以外にも、飛鳥坐神社が所蔵している日本最大級の青銅鏡を表現した刺繍御朱印や、毎年2月第1日曜日に行われる西日本三大奇祭のひとつとされる田植神事「おんだ祭」の期間限定御朱印など、複数種類の御朱印が授与されていますので、参拝の際にはどのような御朱印が授与されているかぜひチェックしてみてください。
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境内の随所には「陽石(ようせき)」が安置されています。
男性は左手、女性は右手で持ち上げることができると幸福が訪れるとされる「力石」をはじめ、縁結び・子授けの御神徳と深く結びついた石が境内のあちこちに置かれていて、古代の素朴な信仰の形を感じさせます。

また、大正時代から昭和時代初期にかけて活躍した日本を代表する民俗学者・折口信夫(おりくちしのぶ)が詠んだ「ほすすきに 夕ぐもひくき 明日香のや わがふるさとは 灯をともしけり」の歌碑も境内に建てられています。折口信夫は飛鳥坐神社の宮司家の出自であり、飛鳥坐神社への深い縁を終生誇りにしていたそうです。
夕暮れ時に詠まれたこの歌は、私が参拝した夕方の飛鳥の空気とぴたりと重なり、しばし立ち止まって見入ったことが参拝の思い出になっています。
飛鳥坐神社は、日本神話の「国譲り」に登場する統率神・八重事代主神が鎮まる古社です。古代から連綿と受け継がれる伝統が凝縮された御朱印は、古代国家が存在した飛鳥の地ならではの唯一無二の1体です。聖地・飛鳥の深い歴史を体感してみてください。
※近くにある飛鳥寺に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】奈良県「飛鳥寺」の日本最古の仏像「飛鳥大仏」とご縁を結ぶ御朱印
ライター:たまえ
家族旅行では各地の神社仏閣を訪れ、御朱印巡りを楽しんでいます。弓道や茶道にも親しみ、日本文化への興味が尽きません。その土地の空気や人との出会いを大切にし、思わず訪れたくなるような御朱印の魅力を発信していきたいと思っています。
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