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【御朱印情報】埼玉県「岩槻大師」の御本尊「五大力」の強大な御霊験が込められた御朱印

埼玉県さいたま市岩槻区にある「岩槻大師」は、鎌倉幕府や岩槻城下の人々の崇敬をあつめてきた古刹で、「喜多向厄除不動尊」の名でも親しまれています。不動明王を中心とした5仏からなる御本尊「五大力」の御朱印と弘法大師空海を表す「遍照尊」の御朱印が授与されています。

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武家から崇敬され岩槻の学問の発展に貢献した「岩槻大師」

埼玉県さいたま市岩槻区、旧岩槻城下内にある「岩槻大師(いわつきだいし)」は、正式には「光岩山釈迦院岩槻大師彌勒密寺(こうがんさんしゃかいんいわつきだいしみろくみつじ)」と称する、真言宗智山派の古刹です。

 

奈良時代末期の宝亀5年(774年)に第50代・桓武天皇(かんむてんのう)の兄の僧侶・開成(かいじょう)が、諸国への修行の途中、岩槻で疫病に苦しむ人々に出会い、救いました。すると金色の彌勒菩薩(みろくぼさつ)の像が見つかり、仏像から名をとって彌勒密寺として開創しました。

 

岩槻第一の名刹として隆盛を極め、鎌倉時代には鎌倉幕府の執権・北条氏の崇敬を得て、元寇襲来時に蒙古軍撃退の祈願も行われました。祈願成就後、時の執権・北条時宗(ほうじょうときむね)より不動明王(ふどうみょうおう)ならびに眷属の矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)の3幅の掛け軸が寄進された記録が残っています。
江戸時代後期には寺子屋を開設し学問を教え、明治5年(1872年)の寺子屋全廃後も彌勒寺学校として存続し、岩槻尋常高等小学校(現在のさいたま市立岩槻小学校)の前身となりました。

 

岩槻大師は、現代においては厄除けのご利益が有名で、護摩祈禱を受けるためにたくさんの参拝者が訪れています。東武野田線・岩槻駅からお寺へと続く徒歩15分ほどの街並みも、歴史情緒を感じることができると人気になっています。

岩槻大師_山門
岩槻大師の山門には、「岩槻大師」「五大力」の文字と五大力の梵字が書かれた赤提灯が掲げられています。
岩槻大師_本堂
五大力が祀られている本堂は、昭和53年(1978年)に再建されたものです。

 

 

御本尊「五大力」の強大な御霊験が込められた御朱印

岩槻大師では、私が参拝した令和8年(2026年)7月には2種類の書置きタイプの御朱印が授与されていました。

 

基本の御朱印は、右側に「奉拝」、中央上部に「御本尊の五大力をあらわす梵字」、その下に「五大力」、左に「岩槻大師」の墨書き、右上に「菩提関東不動霊場第三十一番」、右下に「彩の国岩槻」、中央に「火焔光と宝珠の中に不動明王の梵字印」、左上に「戒光慧童子(かいこうえどうじ)」、左下に「岩槻大師彌勒密寺印」の朱印がおされ、下部には寺院名・札所番号・不動尊名・郵便番号・住所・電話番号が印刷されているデザインで、志納料は500円でした。

岩槻大師_御朱印
力強く流れるような墨書きがインパクトがある岩槻大師の基本の御朱印です。

 

岩槻大師の御本尊は、不動明王を中心とした降三世明王(こうざんぜみょうおう)、軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)、大威徳明王(だいいとくみょうおう)、金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)の5仏で、五大力(ごだいりき)、五大力尊(ごだいりきそん)、五大明王(ごだいみょうおう)とも呼ばれています。御朱印には、中心に「不動明王」、上に「東方守護の降三世明王」、右に「南方守護の軍荼利明王」、下に「西方守護の大威徳明王」、左に「北方守護の金剛夜叉明王」のそれぞれの仏を表す梵字で記されています。

 

朱印で記されている「菩提関東不動霊場」とは、一般には「関東三十六不動霊場」と称する霊場巡礼のことです。関東地方の神奈川県7寺、東京都19寺、埼玉県5寺、千葉県5寺の不動明王を祀る36寺院で構成され、昭和62年(1987年)に開創されました。36の寺院数は、不動明王の眷属36童子に由来しており、岩槻大師には31番目の「戒光慧童子」が祀られています。
※関東三十六不動霊場の埼玉県内の札所である喜多院と本行院に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

 

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岩槻大師_戒光慧童子
岩槻大師には宝剣と金剛鈴を持つ戒光慧童子が祀られています。
岩槻大師_関東三十六不動霊場納経帳
関東三十六不動霊場では、巡礼用の専用納経帳が頒布されていて、バインダーの表紙を購入し、各寺院で拝受した御朱印を綴っていく形式です。
岩槻大師_御朱印_関東三十六不動霊場
関東三十六不動霊場専用の御朱印は、見開きタイプで左面には不動明王と童子の御影を貼り付けられるようになっています。

 

御朱印の下部に記されているように岩槻大師は「喜多向厄除不動尊(きたむきやくよけふどうそん)」とも呼ばれています。
この別称は、江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)が日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)に葬られたあとに、岩槻大師の御本尊である不動明王が北向きに動いたという逸話から、江戸と東照宮を護る「北向不動」と呼ばれるようになりました。その後、参拝する人々の喜びが多くなるようにと「喜多向不動」の文字があてられ、現代においても縁起の良い名称として受け継がれています。
※日光東照宮に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】栃木県「日光東照宮」の本宮と奥宮でいただける御朱印

 

岩槻大師の不動明王にはたくさんの伝説がのこり、武家を中心に広くあつい崇敬をあつめ、関東屈指の不動霊場として栄えてきた歴史があります。五大力が持つあらゆる災難を払い除けてくれる強大なご霊験が、迫力がある墨書きが特徴の御朱印に秘められているように感じました。

 

 

弘法大師空海の御加護を授かることができる「遍照尊」の御朱印

もう1種の御朱印は、右に「奉拝」、その隣に「お遍路道場」、中央上部に「弥勒菩薩をあらわす梵字」、その下に「遍照尊(へんじょうそん)」、隣に朱墨で「地下佛殿 四国八十八ヶ所」、左に「彌勒密寺」の墨書き、右上・左上・中央に「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)、同行二人(どうぎょうににん)の文字や仏像など四国八十八ヶ所霊場に関係する印」、右下・左下に「岩槻大師彌勒密寺印」の朱印がおされているデザインで、志納料は500円でした。

岩槻大師_御朱印_遍照尊
四国八十八ヶ所霊場に関する墨書き・朱印が台紙いっぱいに配置された岩槻大師の遍照尊の御朱印です。

 

遍照尊とは、真言宗の開祖である弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)の尊名で、岩槻大師の「大師」は弘法大師のことを表しています。岩槻大師の開創当時の御本尊は彌勒菩薩でしたが、平安時代初期の大同2年(807年)に弘法大師空海がこの地を訪れ、自ら五大力の5体の仏像を彫り安置し、御本尊としたと伝わっています。
御本尊の五大力には弘法大師空海の御霊験も込められており、岩槻大師が発展してきた歴史にも深く関わっています。現在の本堂には、御本尊と並んで弘法大師像も祀られており、岩槻大師が地域の弘法大師信仰の拠点にもなっていることを物語っています。

 

御朱印に記されている「四国八十八ヶ所」「お遍路」とは、弘法大師空海が四国を巡りながら修行した足跡をたどる四国八十八ヶ所霊場巡礼のことを表しています。平安時代を起源とし、現代においても世界中から巡礼者が訪れる日本を代表する霊場巡礼のひとつですが、四国は関東からは遠方で、四国全体約1,200kmを巡る広大な巡礼であることなどの事情から、この巡礼を体験することは容易ではありません。

 

そこで、全国各地で四国八十八ヶ所霊場を模した霊場がつくられており、そのうちのひとつが岩槻大師の本堂の地下佛殿に設けられた「お遍路道場」です。
本堂内左手から地下に降りる階段があり、照明がない暗闇の道の壁を手で伝いながら進み、のれんの様なものをくぐり入場します。道場内は照明があり八十八寺院の御本尊の仏像が並び、たくさんの写仏・写経が貼ってあります。堂内では、弘法大師空海に帰依するという意味の「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」と唱える子どもの声が繰り返し流れていました。
足元には番号が書かれた各寺院の境内の砂を入れた袋が置かれており、番号順にひとつひとつ踏みながら参拝し、すべてをお参りすれば、四国の八十八ヶ所を巡礼したのと同じご利益を授かれるとされています。このような巡礼方法は「お砂踏み」と呼ばれています。
※四国八十八ヶ所霊場1番札所霊山寺に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】四国八十八ヶ所霊場1番札所「霊山寺」のお遍路スタートの御朱印

 

本堂地下佛殿のお遍路道場には、紙の兜や御幣、様々な仏具で飾られた四国八十八ヶ所霊場の各札所の御本尊が並んでいます。

 

岩槻大師の境内には、巡礼姿の弘法大師空海像も安置されており、左手に人形を捧げ持っているのが特徴的です。
岩槻では江戸時代からひな人形や五月人形(武者人形)など様々な人形が制作されていて、岩槻人形は国の伝統工芸品にも指定されています。現在も岩槻駅周辺には数多くの人形店・人形工房があり、「人形のまち岩槻」とも呼ばれ親しまれています。
岩槻大師の弘法大師空海像は、寺院と地域のつながりを表し、参拝者に地域の特産品を知らしめる存在でもあります。

岩槻大師_人形大師像
岩槻大師の弘法大師空海像は、人形を捧げ持っていることから「人形大師」と呼ばれています。

 

「遍照尊」の御朱印は、岩槻大師でお砂踏みを結願した証であり、御朱印に記されている同行二人の言葉通り弘法大師空海がそばにいて御加護を与えてくれているような気持ちになりました。

 

 

 

 

不動明王眷属36童子が安置されている「写経剃髪殿」

岩槻大師の特筆すべきお堂として「写経剃髪殿(しゃきょうていはつでん)」があります。
写経剃髪殿に浄書した般若心経と自身の毛髪1本を奉納することで、剃髪得度して佛弟子となる功徳を授かることができるとされています。
また、お堂の周囲には、警護するかのように不動明王眷属36童子の像が配置されて、それぞれの童子の姿を見ることもできます。関東三十六不動霊場巡礼で岩槻大師を訪れた人は、特に眷属36童子の姿を拝観されることをおすすめします。

岩槻大師_写経剃髪殿
写経剃髪殿正面には1番・矜羯羅童子、2番・制多迦童子、入口には31番・戒光慧童子が立ち、側方・後方に残りの童子の像が番号順に立っています。

 

 

岩槻大師は、関東屈指の不動明王霊場として、地域の弘法大師空海信仰の拠点として、広く信仰をあつめています。迫力がある墨書きが特徴の御朱印には御本尊・五大力の強力な御霊験が込められているように感じました。参拝の際には、本堂地下佛殿のお遍路道場もぜひ体験して、弘法大師空海の大きな御加護もいただかれてみてください。

 

 

 

 

ライター:民蔵
埼玉県在住、歴史関係が好きで古銭の収集や神社仏閣・城郭・博物館などの見学をライフワークにしています。寺社を見学するついでにと思って御朱印をいただき始めましたが、御朱印に記載された内容の意味がわかってくるともっと知りたくなりました。御朱印に込められた思いを、現地の空気感も含めてご紹介できればと思っています。

 

 

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