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【御朱印情報】新潟県「度津神社」の海や交通に関するご利益が込められた「佐渡国一ノ宮」の御朱印

新潟県佐渡市にある「度津神社」は、佐渡島でもっとも格式が高い「佐渡国一ノ宮」として崇敬をあつめる神社です。シンプルで伝統的なデザインの御朱印には、御祭神の海や交通に関するご利益が込められています。

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「佐渡国一ノ宮」として崇敬をあつめる「度津神社」

新潟県佐渡市、日本海に浮かぶ佐渡島(さどがしま)の南部、羽茂川(はもちがわ)のほとりにある「度津神社(わたつじんじゃ)」は、佐渡国一ノ宮として長く島の人々に崇敬されてきた神社です。

 

度津神社は、過去の洪水によって社殿とともに古い記録が流されてしまったため、創建の年代ははっきりとしていませんが、江戸時代の文献には第14代・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の時代にはすでに祀られていたことをうかがわせる記述があり、長い歴史を有しています。
室町時代に大きな水災に2回遭い衰退してしまいますが、江戸時代初期に神道家・橘三喜(たちばなみつよし)が全国の一ノ宮を巡拝した際に度津神社にも訪れ、現代にも伝わる御祭神の姿が整えられたといわれています。

 

その後、明治4年(1871年)に国幣小社に列せられ、現在は神社本庁の別表神社であり、佐渡国でもっとも格式が高い佐渡国一ノ宮として島の人々からあつい信仰をあつめています。

 

朱塗りの一の鳥居をくぐった先には朱塗りの太鼓橋が見えます。太鼓橋を渡った先の石段をのぼりきると、緑青色の屋根を戴いた木目の拝殿が姿を現します。木々に囲まれた境内は手入れが行き届いており、幾度の水難を越えてなお守り継がれてきた社の伝統を感じることができました。

度津神社_一の鳥居
一の鳥居に掲げられた扁額には「一宮」の文字があり、佐渡国随一の社であることがわかります。
度津神社_太鼓橋・社殿
木々に囲まれた中に静かな風格を感じさせる社殿が佇んでいます。

 

私が度津神社を訪れたのは真夏の夕方で、社務所にいらした宮司さんが一緒にいた子どもたちに「これからもたくさんの神様にご挨拶してね」と声をかけてくださったのが印象に残っています。長い歴史を守り続けてきた度津神社で、次の世代へ向けられたその一言に、参拝という行為が持つ、目には見えない意味があることを教えていただき、参拝できたことに感謝しました。

 

 

海や交通に関するご利益が込められた御朱印

度津神社の御朱印は、社務所にて9時から17時までの受付で授与されています。
中央に「度津神社」、右上に「奉拝」、左に「参拝日付」の墨書きが入り、右上には楕円形の「佐渡一ノ宮」、中央には篆書体で「度津神社」の社号を刻んだ朱印がおされるデザインで、持参した御朱印帳に持参していただき、初穂料は500円でした。

度津神社_御朱印
黒々とした墨書きと鮮やかな朱印は重厚感があり、一ノ宮としての風格を感じる度津神社の御朱印です。

 

右上の「佐渡一ノ宮」の朱印によって、度津神社が佐渡国の一ノ宮であることが明確に示されています。
平安時代の延長5年(927年)にまとめられた官社一覧「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)には、佐渡国の式内社として9社が記され、その筆頭が度津神社であることから、度津神社が佐渡国でもっとも格式の高い一ノ宮として崇敬されてきた歴史を有すると考えられています。

 

度津神社の主祭神は五十猛命(いそたけるのみこと)、配神は大屋津姫命(おおやつひめのみこと)と抓津姫命(つまつひめのみこと)の兄妹神です。
社伝によれば、五十猛命の父神である素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、佐渡島の人々に舟や車を造る技術を授けたことから、海や陸を「渡る」ことにちなみ、この社が「度津(わたつ)」と称されるようになったとされています。
五十猛命は木の神として知られ、日本最古の史書「日本書紀(にほんしょき)」には、父神とともに樹木の種を持ち帰り、日本中の山野に植えたという説話があります。そのため、五十猛命・大屋津姫命・抓津姫命の三神は、林業や建築、造船などに関わる神として、また海上・陸上の交通安全を見守る神として崇敬されてきました。周囲を海に囲まれた佐渡という土地で、舟を使って海を渡り、島の中を行き来して暮らしてきた人々にとって、「渡る」ということは、暮らしそのものに関わる大切な営みでした。
一方で、「ワタ」は海を表す古語であることから、社号そのものが本来「海の神の社」を意味し、素戔嗚尊や五十猛命とは異なる海の神を祀っていたとする説もあります。江戸時代の地誌「佐渡志(さどし)」にも「海童神を祭る」という異伝が記されており、度津神社の由緒にはいくつもの説が伝わっています。

 

度津神社の御朱印はシンプルなデザインですが、「佐渡一ノ宮」と「度津神社」の2つの印が収まることで、神々をめぐる幾通りもの物語の重なりと、佐渡島の信仰の中心として祈りをつないできた歴史への敬意が伝わってくるように感じました。

 

 

 

 

御祭神・五十猛命にまつわる「釣り岩」「亀石」

度津神社の境内の一角には、御祭神・五十猛命にまつわる「釣り岩」と「亀石」という2つの岩が安置されています。
案内板によれば、五十猛命は一ノ宮の前を流れる羽茂川の上流の「一ノ関」と呼ばれる堰の淵でよく釣りを楽しんだと伝わり、その堰のそばにそそり立つ大きな岩に腰をかけて釣り糸を垂れたことから「釣り岩」と呼ばれるようになったといいます。すぐ下の水中には亀の形をした「亀石」もあり、魚釣りの格好の穴場だったそうです。
しかし数十年前、この付近で道路の拡幅工事が計画された際、2つの岩が壊されたり埋もれたりしてしまうことを惜しんだ地元有志の手によって、度津神社の境内へと移設されました。
木の神として崇められる五十猛命が、実は釣りを楽しむ素朴な一面があったというエピソードを2つの岩が現代に語り継いでいます。また、度津神社が羽茂川と密接に関わり続けていることをうかがわせる貴重な史跡でもありますので、ぜひじっくりとご覧になってみてください。

度津神社_亀石
亀に似た「亀石」を見ながら、五十猛命が釣りを楽しんだ姿を想像しました。

 

 

度津神社は、佐渡島の人々の暮らしと祈りの深さを静かに教えてくれる神社でした。佐渡国でもっとも格式の高い一ノ宮の御朱印を拝受し、海や交通に関する御神徳がある御祭神の御加護をいただいてみてください。

 

※全国の一の宮に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】全国の有名な「一の宮」でいただける御朱印情報まとめ

 

 

 

 

ライター:たまえ
家族旅行では各地の神社仏閣を訪れ、御朱印巡りを楽しんでいます。弓道や茶道にも親しみ、日本文化への興味が尽きません。その土地の空気や人との出会いを大切にし、思わず訪れたくなるような御朱印の魅力を発信していきたいと思っています。

 

 

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