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埼玉県春日部市にある「春日部八幡神社」は、「春日部総鎮守」として武士や地域の人々から広く崇敬をあつめた歴史を持つ神社です。御祭神4柱の様々な御神徳が込められた基本の御朱印のほか、複数ある境内社の御朱印や、デザイン性に富んだ台紙の御朱印が授与されています。
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埼玉県春日部市、鎌倉時代に各地と鎌倉を結んだ鎌倉街道の道筋にある「春日部八幡神社(かすかべはちまんじんじゃ)」は、春日部総鎮守として武士や地域の人々から広く崇敬をあつめた歴史を持つ神社です。
春日部八幡神社は、鎌倉時代末期の元弘年間(1331~1334年)にこの地を領有していた春日部治郎少輔時賢(かすかべじぶしょうゆうときかた)が、長い間崇敬していた相模国(さがみのくに、現在の神奈川県)にある「鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)」を勧請して創建したと伝わっています。
※鶴岡八幡宮に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】神奈川県「鶴岡八幡宮」の鎌倉幕府を開いた源氏ゆかりの御朱印
春日部治郎少輔時賢は、新田義貞(にったよしさだ)に従い、鎌倉幕府を滅亡させた鎌倉攻めで戦功をあげ、建武2年(1336年)に第96代・後醍醐天皇(ごだいごてんのう)から春日部郷の地頭職を安堵されました。戦国時代に関東広域を治めていた北条氏と共に春日部氏も滅亡すると、時賢の居館跡にあった八幡神社は春日部八幡神社と呼ばれるようになりました。
現在の春日部市にあたる地域は、江戸時代に江戸幕府の直轄地・旗本領・岩槻藩領に分割されました。江戸と日光を結ぶ日光街道の4番目の宿場「粕壁宿(かすかべじゅく)」として発展した地域にあった春日部八幡神社は、粕壁宿の鎮守として信仰をあつめました。
昭和19年(1944年)に粕壁町は合併により旧領主の名前にちなんで春日部町になり、昭和54年(1954年)に春日部市となりました。
春日部八幡神社は、創建当時は武家の神・戦の神として崇敬されましたが、江戸時代以降は粕壁宿・春日部の総鎮守として地域の人々の信仰をあつめ、安産・長寿・家内安全・必勝にご利益がある神社として、たくさんの参拝者が訪れています。


春日部八幡神社では、基本の御朱印のほかに、境内社「春日部稲荷神社(かすかべいなりじんじゃ)」の御朱印、デザイン性に富んだ台紙の御朱印や複数の境内社の御朱印など、多種の御朱印が授与されています。
基本の御朱印は、右に「奉拝」、中央に「総鎮守」「春日部八幡神社」、左に「参拝日」の墨書き、中央に「八幡神社」、左下に「宮司の印」の朱印がおされるデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただき、初穂料は500円でした。

春日部八幡神社の御祭神は、全国の八幡神社で祀られている八幡神(はちまんしん)と総称される第15代・応神天皇(おうじんてんのう)・別名:誉田別尊(ほんだわけのみこと)と、その母である神功皇后(じんぐうこうごう)・別名:息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)、食べ物や穀物の実りを司る女神である豊受姫命(とようけひめのみこと)の3柱で、古くは皇室の祖神として崇敬され、平安時代以降は源氏をはじめとする武家の守護神として信仰をあつめました。
その他に春日部八幡神社独自の御祭神として、神功皇后と応神天皇に長く仕え、政務に大きな功績をあげた武内宿祢命(たけのうちのすくねのみこと)が祀られています。武内宿祢命は、平安時代に活躍した貴族・歌人である紀貫之(きのつらゆき)の祖であり、春日部八幡神社を創建した春日部氏は紀貫之の子孫だとされることから、系譜がつながった神が祀られていることになります。

春日部八幡神社には、文武を導く神、安産・子育て・必勝の神、食物をつかさどる神、知恵・長寿の神の4柱が祀られ、複数の神の様々な御神徳と、地域の総鎮守として重要な役割を果たしてきた歴史が凝縮されているように感じました。
春日部八幡神社の境内社である春日部稲荷神社の御朱印は、右に「奉拝」、中央に「春日部稲荷神社」、左に「参拝日」の墨書き、中央に「稲荷神社」、左下に「宮司の印」の朱印がおされるデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただき、初穂料は500円でした。

春日部稲荷神社は、春日部八幡神社を創建した春日部治郎少輔時賢の祖父・春日部実景(かすかべさねかげ)が、屋敷神として鎌倉時代の初中期頃に山城国(やましろのくに、現在の京都府)にある「伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)」を勧請して創建したと伝わっています。
※伏見稲荷大社に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】京都府「伏見稲荷大社」の3ヶ所の授与所でいただける多種多様な御朱印
御祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)という女神で、五穀豊穣の神・屋敷神として信仰されていましたが、時代が進むにつれて農業神・商工業神と変わっていきました。春日部稲荷神社では、福徳開運の万能の神であるとされていて、元々は屋敷神として土地を守護する役割も果たしていたことから、御朱印には春日部の地を守り地域の人々に大きな福をもたらす力が込められているように感じました。


春日部八幡神社では、直書き対応していただける基本の御朱印と境内社・春日部稲荷神社の御朱印のほかに、墨書き・朱印の構成は同一で、デザイン性に富んだ台紙の書置きタイプの御朱印が4種類授与されていました。

また、春日部八幡神社の境内社7社の御朱印も、令和8年(2026年)5月1日から新たに授与が始まりました。
右に「奉拝」、中央に「それぞれの境内社の名称」、左に「参拝日」の墨書き、中央に「春日部八幡神社境内社」、左下に「宮司の印」の朱印がおされるデザインで、書置きタイプで授与され、初穂料はそれぞれ500円です。

春日部八幡神社には、複数の境内社があり、それぞれに異なるご利益を授かることができますので、じっくりと時間をかけて境内を拝観されることをおすすめします。
春日部八幡神社の本殿後方の小高い丘には旧本殿があります。
元々は、室町時代の建築様式の流れをくむ安土桃山時代頃に建てられたものと推定される萱葺き・柱間1.6メートルの流れ造の春日部市内では最も古い建造物として市の指定文化財となっていましたが、平成7年(1995年)11月5日に不審火により焼失してしまいます。その後、氏子崇敬者の尽力で翌年10月に旧来の形を模して、「奥の院」という名称で復興され、親しまれています。
石段をのぼりきり、長い歴史の名残がある建造物をぜひご覧になってみてください。

春日部八幡神社は、鎌倉時代に当地の領主によって創建され、現在では春日部総鎮守として地元の人の信仰をあつめる神社です。凛とした雰囲気の伝統的なデザインの御朱印には、八幡神や武内宿祢命の強大な御神徳が込められているように感じました。デザイン性豊かな台紙の御朱印や新たに授与が始まった境内社の御朱印もありますので、様々な神とご縁をいただいて複数の御朱印を拝受するのも、春日部八幡神社の参拝の楽しみのひとつだと思います。
ライター:民蔵
埼玉県在住、歴史関係が好きで古銭の収集や神社仏閣・城郭・博物館などの見学をライフワークにしています。寺社を見学するついでにと思って御朱印をいただき始めましたが、御朱印に記載された内容の意味がわかってくるともっと知りたくなりました。御朱印に込められた思いを、現地の空気感も含めてご紹介できればと思っています。
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兵庫県神戸市東灘区ある「弓弦羽神社」は、熊野大神を祀る日本神話の伝説に由来する古社です。導きの神「八咫烏」が描かれる基本の御朱印のほか、酒造の神とされる境内末社「松尾社」の御朱印や祭事などに合わせた期間限定御朱印が授与されています。
徳島県徳島市にある「徳島県護国神社」は、徳島県出身の戦没者を祀る神社です。徳島県護国神社の通常の御朱印のほかに、境内にある大国神社の御朱印、徳島県特産の藍染めの和紙に書かれた御朱印をいただくことができ、どれも達筆です。
神奈川県横須賀市にある「叶神社」は、西叶神社と東叶神社の2社からなる神社です。東西2社を巡ることで祈りと願いがひとつになると考えられていて、見開きページに2社の御朱印を拝受すれば、参拝体験がより深まる特別な御朱印が完成します。
愛知県名古屋市中区にある「三輪神社」は、奈良県・大神神社から分祀された大物主大神を祀る神社で、縁結びのご利益が有名です。由緒正しき歴史を物語る伝統的なデザインの御朱印のほか、ネコやウサギのイラストが可愛らしい時期限定のアート御朱印など、多種多彩な御朱印が話題になっています。