- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
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京都府京都市東山区にある「泉涌寺」は、皇室との関係が深いことから「御寺」とも呼ばれる真言宗泉涌寺派の総本山です。皇室ゆかりの歴史が詰まった「霊明殿」の御朱印や、たおやかな美しさが人気の「楊貴妃観音」の御朱印など、御寺にふさわしい気品あふれる多種多彩な御朱印をいただくことができます。
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京都府京都市東山区、東山三十六峰の南の一峰である「月輪山(がちりんさん)」のふもとにある「泉涌寺(せんにゅうじ)」は、真言宗泉涌寺派の総本山として広く信仰をあつめる寺院です。皇室からあつい帰依を受け、特に鎌倉時代から江戸時代にかけての歴代天皇・皇后・親王などの陵墓が寺域にあることから、皇室の菩提所を意味する「御寺(みてら)」と呼ばれています。
寺伝によると創建は平安初期、真言宗の開祖・弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)が草創した「法輪寺(ほうりんじ)」がそのはじまりとされています。また、斉衡2年(855年)に当時の左大臣・藤原緒嗣(ふじわらのおつぐ)が自らの山荘を寄進した「仙遊寺(せんゆうじ)」が前身であるという伝承もあります。
実質的には月輪大師俊芿(がちりんだいししゅんじょう)が開基とされています。鎌倉時代初期の建保6年(1218年)に、荒廃していた仙遊寺を武将・宇都宮信房(うつのみやのぶふさ)から譲り受けた月輪大師俊芿が伽藍の造営を行っていたところ、境内の一角から清水が湧き出たことで寺名を泉涌寺と改めました。
当初は、律を中心として天台・真言・禅・浄土の四宗兼学の道場として栄え、第82代・後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)、第84代・順徳上皇(じゅんとくじょうこう)をはじめ、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝(みなもとのよりとも)の妻・北条政子(ほうじょうまさこ)や、鎌倉幕府2代執権・北条泰時(ほうじょうやすとき)も月輪大師に帰依するなど、公家・武家両面から広く信仰されました。以後、南北朝時代から安土桃山時代、江戸時代と長年にわたり皇室からあつい崇敬を受け、歴代天皇・皇后の葬儀を泉涌寺で執り行うことも多く、陵墓や御尊牌を祀る「御寺」となりました。

降り参道の奥には、御本尊である釈迦如来(しゃかにょらい)・阿弥陀如来(あみだにょらい)・弥勒如来(みろくにょらい)の三世仏を祀る「仏殿(ぶつでん)」をはじめ、釈迦の歯(仏牙舎利)を奉安する「舎利殿(しゃりでん)」、その背後には歴代天皇の御尊牌をお祀りする「霊明殿(れいめいでん)」や、天皇・皇后が参拝の際に着替えや休憩をし池泉鑑賞式庭園を有する「御座所(ござしょ)」など、深い歴史を感じる複数の建造物があります。
境内の伽藍の多くは室町時代の応仁の乱により焼失したのですが、江戸時代の寛文年間(1661~73年)に江戸幕府4代将軍・徳川家綱(いえつな)により仏殿が建立されたのをはじめ、その後には京都御所の一部が移築されて現在に至っています。
泉涌寺では、複数種類の御朱印が授与されています。
基本の御朱印は、中央に皇室の御紋で寺紋でもある「十六八重表菊(じゅうろくやえおもてぎく)」の朱印、その下に「霊明殿」と墨書きされ、右には「奉拝」と「参拝日」の墨書きと「皇室香華院(こうしつこうげいん)」の朱印、左には「みてら泉涌寺」の墨書き、中央下には「御寺泉涌寺印」の朱印がおされるデザインです。
私は令和4年(2022年)と令和7年(2026年)の2度の参拝でそれぞれ御朱印をいただきましたが、直書きならではのそれぞれに趣の異なる魅力がありました。


「十六八重表菊」「皇室香華院」の朱印は、泉涌寺が皇室と強く関係していることを表しています。
香華院とは、祖先の墓碑に香華を供える寺院という意味で、泉涌寺には英照皇太后(えいしょうこうたいごう、第121代・孝明天皇(こうめいてんのう)の女御)や昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう、第122代・明治天皇の皇后)ほかの皇族方から寄進された荘厳具や仏具が多数あり、毎日の回向では香華が絶えることがないそうです。
中央に墨書きされる「霊明殿」は、明治17年(1884年)再建の入母屋造り桧皮葺の建造物で、宸殿風の品格ただよう外観が特徴です。霊明殿には、第38代・天智天皇(てんじてんのう)、第49代・光仁天皇(こうにんてんのう)から第124代・昭和天皇までの歴代天皇・皇后のほとんどの御位牌(御尊牌)が祀られていて、泉涌寺と皇室の関係性を象徴しています。通常は非公開ですが、不定期で特別公開されることもありますので、チャンスをみつけてぜひ拝観してみていただきたい建造物のひとつです。
泉涌寺の基本の御朱印には、泉涌寺が皇室とともに歩んできた歴史そのものが凝縮されているように感じます。

泉涌寺では「楊貴妃観音(ようきひかんのん)」の御朱印をいただくこともできます。
中央に「楊貴妃観音」の墨書きと寺紋である「菊の波紋」の朱印、右には「奉拝」と「参拝日」の墨書きと「洛陽二十番」の朱印、左に「泉涌寺観音堂」の墨書きと「楊貴妃観音堂」の朱印がおされるデザインです。

泉涌寺は、「洛陽三十三所観音巡礼(らくようさんじゅうさんしょかんのんじゅんれい)」の20番札所にもなっています。洛陽三十三所観音巡礼とは、京都市内にある観音菩薩を祀る33ヶ所の寺院(札所)を巡拝する霊場巡礼で、起源は平安時代末期にさかのぼるとされる深く長い歴史と由緒があります。
※洛陽三十三所観音巡礼に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】「洛陽三十三所観音巡礼」でいただく観音菩薩とご縁を結ぶ御朱印
洛陽三十三所観音巡礼で泉涌寺を訪れた際には、境内にある楊貴妃観音堂に祀られている楊貴妃観音を参拝します。
楊貴妃とは、唐の第6代皇帝・玄宗(げんそう)に寵愛された妃で、中国四大美女の一人とされています。才知に長け音楽や舞踊を好み、その美貌で玄宗を溺愛させましたが、乱の責任を問われ、自害に追い込まれた「傾国の美女」としても知られています。
泉涌寺の楊貴妃観音像は、楊貴妃が非業の死をとげた後、冥福を祈りその面影に似せて作らせた聖観音像と伝わっているもので、湛海律師(たんかいりっし)が鎌倉時代の寛喜2年(1230年)に宋より請来したと伝わっています。

令和6年(2025年)10月からは、楊貴妃観音の特別御朱印も授与されています。
淡いピーチオレンジ(泉涌寺の担当者さんによると「びわ色」だそうです)の台紙に、楊貴妃観音の持物である「宝相華(ほうそうげ)」と楊貴妃が愛したライチがあしらわれ、「心身美麗」の文字の箔押し、中央に「楊貴妃観音」の墨書きと寺紋である「菊の波紋」と「楊貴妃観音堂」の朱印、右に「参拝日」、左に「東山泉涌寺」と墨書きされるアート御朱印です。

宝相華とは、さまざまな美しい草花を組み合わせた空想の花で、楊貴妃の慈悲と美しさを象徴しています。
泉涌寺の楊貴妃観音像は、その美しい姿から江戸時代初期頃より楊貴妃観音と呼ばれるようになったそうです。現代でも美人祈願の仏様として多くの女性に親しまれています。
楊貴妃観音像の壮麗な姿を拝み、楊貴妃観音の華麗な御朱印をいただくのも、泉涌寺の参拝の楽しみのひとつとしておすすめです。
泉涌寺では、毎年3月14日~16日の涅槃会に合わせて仏殿にて大涅槃図が公開されていますが、その期間に授与される限定の特別御朱印のほか、季節御朱印や「京都十三仏霊場」の御朱印など多種多彩な御朱印が授与されています。参拝の際にはどのような御朱印が授与されているかぜひチェックして、お気に入りの1体を見つけてみてください。
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境内奥にある御座所は、明治15年(1882年)に霊明殿と共に焼失しましたが、明治天皇により文化15年(1818年)に建てられた京都御所内の皇后宮お里御殿が移されて、現在も天皇皇后両陛下をはじめ皇族が入洛された際の休息所として使用されています。

御座所には両陛下の休息所である「玉座の間(ぎょくざのま)」をはじめ、美しい襖絵に彩られた部屋が配されています。とりわけ玉座の間から眺めることのできる「御座所庭園」は、規模はそれほど大きくありませんが、春には新緑、秋には紅葉に彩られた見事な景色を楽しむことができますので、ぜひ拝観してみてください。

泉涌寺は、皇室と関係が深い由緒正しき寺院です。交通量の多い東大路通から入ったゆるやかな坂道の参道沿いには、それぞれ個性的な塔頭寺院が並び、泉涌寺境内はとても静かで自然豊かな環境です。樹々のさざめきに癒されながらの心静かに参拝し、泉涌寺の風雅な御朱印をぜひいただいてみてください。
※近隣にある東福寺に関して、以下リンクの記事でご紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】京都府「東福寺」の境内の風景がよみがえる「大佛寶殿」と「通天」の御朱印
ライター: iroha
京都市在住で副業ライターとして活動してます。仕事の合間をぬって京歩き・御朱印集めをする中で、ますます京都が好きになっていき、京都検定2級にも合格しました。歴史ある御朱印や可愛くて素敵な御朱印などをたくさん紹介できればと思っています。
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京都府京都市東山区にある「建仁寺」は、鎌倉時代に栄西禅師によって創建された臨済宗建仁寺派の大本山で、京都最古の禅寺として知られ、茶の文化を広めた場としても有名です。力強く「拈華堂」と墨書きされた御朱印からは、禅の教えや禅道場としての誇りが伝わってくるようです。
オーダーメイド納経帳・御朱印帳「千年帳」の表紙のひとつである讃岐正藍染「空と海」のデザインは、弘法大師空海が見た空と海だけの景色を、正藍染の繊細な藍色のグラデーションで表現し、長く使用・保存できる機能性も有しています。
福岡県福岡市中央区の西公園内にある「中司孫太郎稲荷神社」は、近未来的な夜のライトアップが話題で「サイバー神社」とも呼ばれています。ライトアップをモチーフにした御朱印など、デザイン性豊かな多種多様な御朱印が授与されています。
福岡県北九州市にある「春日神社」は、戦国時代から江戸時代にかけて活躍した武将・黒田家ゆかりの神社です。黒田家や、戦国最強の軍師といわれた黒田官兵衛をモチーフにした趣向を凝らした御朱印が人気になっています。