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【御朱印情報】広島県「明星院」のいろいろな仏様の御姿が精巧に描かれる多種多様な御朱印

広島県広島市東区にある「明星院」は、広島藩の祈祷寺として信仰をあつめた古刹で、日本最大級の赤穂義士の木像が安置されていることでも知られています。境内に祀られているいろいろな仏様の御姿が精巧に描かれた多種多様な御朱印が授与されています。

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広島藩の祈祷寺として信仰された「明星院」

広島県広島市東区、JR広島駅からほど近い二葉山の麓にある「明星院(みょうじょういん)」は、正式名称を「南光月素月山大日密寺明星院(なんこうげつそげつざんだいにちみつじみょうじょういん)」と号する真言宗御室派の寺院です。
※真言宗御室派の総本山である仁和寺に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】京都府「仁和寺」の歴史と信仰を感じる「旧御室御所」と「御室弘法大師」の御朱印

 

寺院の創建については明らかな記録はのこっていませんが、安土桃山時代の天正17年(1589年)、中国地方を支配していた戦国武将・毛利輝元(もうりてるもと)が広島へ移る際に、義母の御位牌所として建立したと伝わっています。しかし、輝元が広島城を建築する際に明星院山に登ったといった旨の記録がのこっていることや、他寺院の縁起などから、広島藩創建以前より明星院は存在するのではないかと考えられています。
やがて毛利家は関ヶ原の戦いに破れ、広島は福島家や浅野家が治めることになります。その後も、明星院は広島城から見て鬼門にあたることから、祈祷寺として信仰を集めました。浅野家時代には寺領400石・末社8か所という大伽藍だったようです。
しかし江戸時代後期の天保13年(1842年)に火災に遭い、その後明治維新による廃仏毀釈を受けたことから、大きく規模を縮小せざるをえなくなりました。その後も昭和20年(1945年)の原爆投下よる被害で、寺宝のほとんどを失ってしまいましたが、復興を果たし現代に受け継がれています。
※広島城と関連が深い広島護国神社に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】広島県「広島護国神社」の「鯉城(広島城)」にちなんだ御朱印

 

明星院_仁王門
荘厳な雰囲気の仁王門が参拝者を迎えてくれます。
明星院_本堂
何度もの災難を乗り越え、広島藩が開かれる前からといわれる歴史を現代に受け継いでいます。

 

 

「千手観世音菩薩」と「不動明王」の姿が切り絵で精巧に描かれた御朱印

明星院では、本堂内で多種多様な御朱印が授与されています。基本的には無人の対応で、御朱印拝受は志納料を賽銭箱に入れる方式です。

 

複数種類の御朱印の中で特に人気なのが、2種類の吉祥祈願済みの切り絵御朱印です。黒の台紙が「蓮華王(れんげおう)」、赤の台紙が「阿遮羅(あしゃら)」、の御朱印で、今回私は2種類とも拝受し、志納料はそれぞれ1,000円でした。

 

蓮華王の御朱印は、阿遮羅御朱印と同様のレイアウトで、中央に千手観世音菩薩(せんじゅかんぜおんぼさつ)が描かれ、右上の梵字が異なるデザインです。

明星院_御朱印_蓮華王
漆黒の中に千手観世音菩薩の美しい姿が浮かび上がる明星院の蓮華王の御朱印です。

 

千手観世音菩薩は明星院の御本尊で、千の手のなかに眼を持ち、すべてを見通す力があるとされています。そのため、胎蔵曼荼羅(たいぞうまんだら)の配属のひとつである蓮華部の中心、つまり蓮華王として広く信仰をあつめています。明星院の本堂には、千手観世音菩薩像が祀られ、御姿を拝見することができました。本堂で祈りを捧げ、そして繊細で美しい蓮華王の御朱印を拝受すれば、千手観世音菩薩とのご縁を強く感じることができるでしょう。

 

阿遮羅の御朱印は、中央に大きく切り絵で「不動明王(ふどうみょうおう)」が描かれ、右上に梵字、下部に「月光山大日密寺明星院」と記されているデザインです。

明星院_御朱印_阿遮羅
不動明王の後ろで燃え盛る炎が印象的な明星院の阿遮羅の御朱印です。

 

阿遮羅とは、不動明王のことを指します。不動明王の「不動」はサンスクリット語でacalaといい、その音訳から阿遮羅と呼ばれるようになりました。明星院の護摩堂には、燃え盛る炎の迫力が特徴の不動明王像が安置されています。普段は不動明王の御姿を直接見ることはできませんが、この精巧な切り絵御朱印を拝受できたことで、迷いや悩みを焼き尽くしてくれるようなご利益をいただけたように感じました。

明星院_護摩堂
「南無大聖不動明王」の提灯が掲げられた護摩堂に不動明王像が祀られています。

 

 

様々な仏様の御姿とご利益が記される御尊影御朱印

明星院では、境内に祀られている様々な仏様の御尊影朱印も授与されており、志納料は各300円です。

明星院_御朱印_御尊影
自信が望むご利益にあわせて御尊影朱印を選ぶことができます。

 

写真左側は、護摩堂に安置されている「毘沙門天王(びしゃもんてんのう)」の御尊影朱印です。中央に毘沙門天王の御影が描かれ、左上には「多聞吉祥(たもんきっしょう)」と書き入れられるデザインです。
毘沙門天は、本来のサンスクリット語を中国語に書き写した際に「多聞天(たもんてん)」と呼ばれるようになりました。様々な福徳と授ける守護神とされる毘沙門天王から、良い知らせを聞き運んでくれる「多聞吉祥」のご利益を授かることができる御朱印です。

 

写真中央は、奥殿に安置されている「阿弥陀如来(あみだにょらい)」の御尊影朱印です。中央に阿弥陀如来の御影が描かれ、左上には「無量寿(むりょうじゅ)」と書き入れられるデザインです。
阿弥陀如来は、サンスクリット語の本来の意味で訳した場合、無量寿如来などと訳されます。これは限りないこと、限りない命を意味し、阿弥陀如来の慈悲や智慧が無限に届く姿を表しています。明星院の奥殿に安置されている阿弥陀如来立像は、室町時代作と伝わっています。幾多の災難を乗り越えて現代に受け継がれる明星院の阿弥陀如来の御尊影朱印から、我々の未来を照らしてくれているかのような明るさを感じました。

 

写真右側は、境内に安置されている「地蔵菩薩(じぞうぼさつ)」の御尊影朱印です。中央に地蔵菩薩の御影が描かれ、左上には「六道能化(ろくどうのうげ)」と書き入れられるデザインです。
地蔵菩薩は、釈迦の入滅から弥勒菩薩(みろくぼさつ)が現れるまでの間、六道(ろくどう、死後に生まれ変わる6つの迷いの世界)を巡り人々を救済する慈悲深い仏様とされていて、現生においても日々の生活の中の身近な仏様として親しまれ、「六道能化」は地蔵菩薩の別称としても使われる言葉です。子どもを守る仏様ともいわれていて、明星院の地蔵菩薩像は前かがみになり子どもをあやしている姿をしていて「子育て地蔵尊」と呼ばれ親しまれています。
明星院はこども園も運営していて、子育て地蔵尊の御尊影朱印は、子どもを大切にする寺院の姿勢がよく表れた御朱印だと思います。

明星院_子安観世音菩薩
境内には子どもの安全や健やかな成長を見守る子安観世音菩薩も安置されていました。

 

 

「広島二葉山山麓七福神めぐり」の毘沙門天御朱印と季節限定御朱印

明星院ではほかにも、七福神めぐりの毘沙門天の御朱印と季節限定の御朱印も授与されていました。

明星院_御朱印_七福神めぐり_季節限定
明星院では多種多様な御朱印が授与されています。

 

二葉山のふもとの寺社に祀られた七福神を巡拝する「広島二葉山山麓七福神めぐり」において、明星院では毘沙門天の御朱印を拝受します。毘沙門天は護摩堂に祀られていますので、七福神めぐりの際には護摩堂を必ず参拝して、七福神めぐり専用の御朱印をいただいてください。
※広島二葉山山麓七福神めぐりに含まれる広島東照宮と鶴羽根神社に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】広島県「広島東照宮」の「徳川家康」にまつわる祭礼や逸話にちなんだ御朱印

 

【御朱印情報】広島県「鶴羽根神社」の広島市街地の歴史や想いが詰まった多種多様な御朱印

 

季節限定御朱印も授与されていて、私が明星院を参拝した令和7年(2025年)10月はハロウィン御朱印でした。
背景には、おばけやかぼちゃの可愛らしい絵柄があしらわれているのが特徴です。西洋のお祭りであるハロウィンと、御朱印文化の融合という、なかなかお目にかかれない珍しい御朱印が印象にのこりました。

 

明星院ではたくさんの種類の御朱印が授与されていますので、ご自身の願いやインスピレーションで、お気に入りの1体を見つけてみてください。

 

 

 

 

日本最大級の「赤穂義士」の木像

明星院の本堂脇には、左右にわかれて「赤穂義士(あこうぎし)」の木像が安置されています。
赤穂義士とは、江戸時代中期の元禄15年(1702年)に、赤穂藩(あこうはん、現在の兵庫県赤穂市)の3代藩主・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の無念を晴らすため、吉良上野介(きらこうずけのすけ)の邸宅に討ち入りした大石内蔵助(おおいしくらのすけ)ら旧赤穂藩士47人のことをいいます。この出来事は、義の物語「忠臣蔵(ちゅうしんぐら)」として歌舞伎や人形浄瑠璃の題材になったことで大衆に広く認知され、語り継がれています。
赤穂藩浅野家は、広島藩浅野家の分家だったことから、赤穂義士の勇敢な姿を残すべく、明治時代に計47人の木像が彫られ明星院に安置されました。木像は1体約85cmもの大きさで、現存する赤穂義士彫刻の中では最大級とされています。原爆が投下された際、明星院のお堂は倒壊および焼失してしまいますが、赤穂義士像は災禍を免れた貴重な文化財ですので、本堂を参拝した際にはじっくりと拝観してみてください。

明星院_赤穂義士像
1体1体それぞれの勇敢な姿が精巧に刻まれている赤穂義士像です。

 

 

明星院は、二葉山の麓で広島の歴史を見守り続けてきた古刹です。境内に祀られている複数の仏様の御朱印が授与されていて、自分の願いにあう御朱印を拝受すれば、そのご利益をより身近に感じることができるでしょう。原爆被害をくぐり抜けた赤穂義士像をはじめ、いくつもの見どころがありますので、じっくりと拝観して悠久の歴史を体感してみてください。

 

 

 

 

ライター:綾木ゆうき
福岡出身、山口県北部在住のWebライター。幼少期に6年間習字を習っていたことから、筆跡の美しさに魅了され御朱印収集をはじめました。現在は九州・中国地方を中心に、趣味の国内旅行を兼ねて全国各地の御朱印を集めています。

 

 

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