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東京都八王子市にある「子安神社」は、「安産・子授け・育児」の御神徳が有名で、古来より新しい命の誕生を見守り続けてきた神社です。「安産・子宝祈願の歴史」と「子を想う心」が凝縮された基本の御朱印のほか、月替わり御朱印や祭事にあわせた限定御朱印など、多種多彩な御朱印が授与されています。
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目次
東京都八王子市、JR八王子駅・京王八王子駅からほど近い八王子市中心市街地にある「子安神社(こやすじんじゃ)」は、周辺の喧騒が嘘のような静かな境内に神聖な空気が流れる神社です。
奈良時代の天平宝字3年(759年)、第47代・淳仁天皇(じゅんにんてんのう)の皇后がご懐妊された際、橘右京少輔(たちばなのうきょうしょうゆう)が皇后の安産祈願の地を探す役目を担いました。武蔵国(むさしのくに、現在の東京都・埼玉県全域と神奈川県の一部)にたどり着いた橘右京少輔は、清らかな湧き水があふれ、生命の息吹を感じさせるこの土地こそがふさわしいと考えて神社を建立したのが、子安神社の始まりとされています。その後、無事に御子が誕生したことから、子安神社は「安産・子授け・子育て」の象徴として、古来より崇敬をあつめてきました。



子安神社は武家からあつい信仰をあつめた歴史もあり、平安時代の永承年間(1046〜1053年)には、源義家(みなもとのよしいえ)が奥州征伐へ向かう際に戦勝祈願を行い、その折に欅を船の形に植えたと伝わっています。
江戸時代になると、江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)以降、歴代将軍から朱印状を受けました。朱印状とは将軍が寺社や武家に所領を安堵する際に発行した公文書で、授与された寺社は「御朱印寺」「御朱印地」とよばれ高い格式を持ちました。子安神社の社紋が徳川家の家紋「三つ葉葵」であるのもそのためです。武蔵国の要所として、武将たちからも重んじられていたことがうかがえます。

子安神社では、基本の御朱印に加え、月替わりや祭事に合わせた限定御朱印など、多種多彩な御朱印が授与されています。
私が令和8年(2026年)4月にいただいた基本の御朱印は、中央に「子安神社」の墨書きと朱印、右側に「奉拝」「武州八王子」の墨書き、左側に「参拝日」「社務所印」が配置されたデザインで、書き置きタイプのみの対応でした。

中央に堂々と記された「子安神社」という社名からは、女性の凛とした強さや生命力あふれるたくましさが伝わってくるかのように感じました。また、「子安」の響きと文字には、子どもの無事な誕生を願う心と、心安らかに育つことを願う親の想いが込められているようです。
「安産」のご利益が有名な子安神社の主祭神は木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)で、出産にまつわる驚くべき伝説が語り継がれています。
木花開耶姫命は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の妻であり、高貴な女神として知られています。懐妊した際、身に覚えのない疑いを向けられた木花開耶姫命は、その疑いを晴らすため、「もしこの子が神の御子なら、炎の中でも無事に生まれるはず」と自ら産屋に火を放ち、燃え盛る炎の中、三柱の御子神を無事に出産しました。この壮絶な伝承によって、木花開耶姫命は「困難を乗り越えて子を産む母」の象徴となり、安産・育児の神様として信仰されるようになったのです。
医学が発達した現代でも、出産は女性にとって心身ともに負担がかかる大きな出来事であることに変わりはありません。木花開耶姫命の言い伝えは、太古の時代から女性たちが自らの命を懸けて新しい命を迎えてきたことを物語っているかのようです。
子安神社には、「底抜け柄杓(そこぬけひしゃく)」と「竹筒」を用いた独特な安産祈願方法があります。妊婦さんが「底抜け柄杓」で御神水をすくって祈願した後、その柄杓を奉納します。柄杓は母体を表し、底が抜けているのは「水がすっと通り抜けるように、お産も滞りなく安らかに進みますように」という願いが込められているためです。
かつては境内の御神池「大明神の池」で行われていましたが、現在は安全面を考慮し「神水殿(しんすいでん)」で祈願を行います。神水殿には木花開耶姫命の銅像が祀られ、安産・子授け・安産御礼の祈りを捧げる御神水が湧き出ています。



また、子授け祈願では「竹筒」を奉納します。竹の中に子どもが宿った「かぐや姫」の物語にちなみ、竹筒には「新しい命が授かりますように」という願いが込められています。

子安神社では、安産祈願に良いとされる戌の日限定御朱印も授与されていて、安産祈願で参拝した人が拝受するのに特におすすめです。
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基本の御朱印以外に、通年で授与されている御朱印が「境内摂社・金刀比羅神社の御朱印」「子安神社を詠んだ俳句の御朱印」「金刀比羅神社を詠んだ俳句の御朱印」の3種類あります。
俳句は、昭和時代に俳人・山口誓子(やまぐちせいし)によるもので、子安神社の清水と御神徳を詠んだ「湧き出づる 清水も産みの 安らかに」、金刀比羅神社の欅を詠んだ「大欅 野にをる如く 紅葉せる」の2句が御朱印に書き入れられています。
さらに、薄い木材の紙の台紙に季節にちなんだ絵柄が描かれる月替わりの御朱印や、祭事などにあわせて授与される限定の切り絵御朱印など、多種多彩な御朱印が授与されていますので、参拝の際にはどのような御朱印が授与されているかぜひチェックしてみてください。
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子安神社は、安産や子育ての守護だけでなく、地域の鎮守としても長く親しまれてきました。境内には多くの末社がありますが、病気平癒の御神徳で知られる「末社五社」は古くから信仰をあつめています。末社五社には、五穀豊穣・商売繁盛で有名な稲荷神社をはじめ、喘息・百日咳の平癒にご利益のある石神社、歯の神様を祀る白山神社、眼病除けの御嶽神社、足腰の病にご利益のある第六天神社など、健康にまつわる神々が祀られています。


末社五社の正面にある「葦船社(あしふねしゃ)」は、日留子命(ひるこのみこと)を祀る水子供養のための社で、昭和53年(1978年)に造営されました。現世の恵みを受けられなかった小さな命を鎮めるためのお社です。

子安神社の境内には、日々の生活に身近な神様がたくさん祀られていますので、参拝の際にはじっくりと散策して、自分の願いにぴったりの神様を見つけてみてください。
子安神社は、八王子地域では最古の歴史がある神社だといわれ、古くから「命の誕生」と「人々の暮らし」を見守ってきました。皇后の安産を願った橘右京少輔の祈り、燃え盛る炎の中で出産した木花開耶姫命の強さ、そして底抜け柄杓に託された親たちの願いなどが静かな杜に息づいています。参拝の証として、様々な思いが凝縮された御朱印をぜひ拝受してみてください。
ペンネーム:木々野緑
日本の旧暦としきたりを日々研究するライター。御朱印との出会いは一期一会と感じていて、皆さまの良きご縁の一助となれるよう、御朱印にまつわる歴史や込められた思いをお伝えします。
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京都府京都市右京区にある「仁和寺」は、皇室とゆかりの深い古刹で、真言宗御室派の総本山として信仰をあつめ、格式高い伽藍と広大な境内などが評価されユネスコ世界文化遺産にも登録されています。「旧御室御所」「御室弘法大師」と墨書きされた御朱印からは、仁和寺の歴史と信仰が伝わってきます。
福岡県福岡市中央区にある「警固神社」は、繁華街・天神エリアの中心部に立地する古社です。長い歴史と御祭神三柱の御神徳を物語る2種類の紋の朱印がおされる基本の御朱印のほか、月替わりや祭事にあわせた限定御朱印、末社・近隣神社の御朱印など、多種多様な御朱印が授与されています。
岐阜県岐阜市の「伊奈波神社」は、戦国時代に活躍した斎藤道三と織田信長にゆかりがある神社です。皇室ゆかりの菊紋と織田信長ゆかりの五七桐の朱印が共におされる珍しい御朱印をいただくことができます。
広島県広島市南区にある「比治山神社」は、歴代広島藩主から崇敬され、地域の産土神としても信仰をあつめてきた神社です。珍しい意匠の神紋「亀甲の中星」が目立つ歴史と伝統を感じる基本の御朱印のほか、いろいろな願いに応じた多種多様な御朱印が授与されています。