- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
山口県岩国市にある「岩國白蛇神社」は、岩国に古くより生息している白蛇を祀った神社です。境内の白蛇観覧所では白蛇の実物を観察することができ、白蛇が描かれ五穀豊穣・開運・金運向上のご利益が込められた多種多彩な御朱印が授与されています。
スポンサーリンク
山口県岩国市、中心市街地西部にある「岩國白蛇神社(いわくにしろへびじんじゃ)」は、白蛇を神々の使いとして祀っている神社です。国の天然記念物「岩国のシロヘビ」への信仰と保護を目的に、平成24年(2012年)に御祭神を勧請し創建されました。
岩國白蛇神社の周辺地域では、昔から白蛇(白化したアオダイショウ)が高い頻度で出現していました。白化した変種は本来は外敵に狙われやすいのですが、この地域では自然環境のままで多数の白蛇が生息していました。これは世界的にみても例がなく、学術的にも非常に貴重な存在なのだそうです。
また、日本人は古来から白化した生き物を神の使いとして神聖視してきました。白蛇が自身の使い(もしくは白蛇が化身)とされる弁財天の信仰とも習合し、この地域では白蛇堂や祠が建てられるようになったといいます。平成2年(1990年)にそれらがこの地で合祀され、やがて岩國白蛇神社の創建へと至りました。
岩國白蛇神社は、希少な白蛇の保護と地域の信仰が融合した聖地であり、そのご利益にあやかろうとたくさんの人が参拝に訪れています。


岩國白蛇神社では、拝殿の左手にある社務所にて書き置きタイプの2種類の御朱印が授与されていました。
私が今回いただいた御朱印は、2匹の蛇が描かれた台紙に、「奉拝」「白蛇神社」「参拝日付」の墨書き、「周防岩國(すおういわくに)」「白蛇神社」の朱印がおされるデザインで、初穂料は500円でした。

「周防岩國」とは、江戸時代にこの地域を治めた周防国岩国藩(すおうのくにいわくにはん)のことを意味しています。
江戸時代には、この地域一帯は吉川(きっかわ)家が支配していました。江戸時代中期の元文3年(1738年)に吉川家の城門付近で白蛇が発見され、これが岩国で最初に発見された白蛇だという記録が残っています。現代にも受け継がれる岩国の地域文化の基盤を築いたのが吉川家であり、もしかすると吉兆をもたらす白蛇の御加護があったからこそ、岩国の街が長く繁栄しているのかもしれません。
岩國白蛇神社には、福岡県・宗像大社(むなかたたいしゃ)の御祭神として知られ、広島県・厳島神社から勧請された宗像三女神(むなかたさんじょしん)と、京都府・伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)の御祭神として知られる宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)が御祭神として祀られています。
※宗像大社、厳島神社、伏見稲荷大社に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】福岡県「宗像大社」の「辺津宮」「中津宮」「沖津宮」の御朱印情報まとめ
【御朱印情報】安芸の宮島にある世界遺産の広島県「厳島神社」の御朱印
【御朱印情報】京都府「伏見稲荷大社」の3ヶ所の授与所でいただける多種多様な御朱印
御祭神である宗像三女神は、海上守護や交通安全などをつかさどる神様で、宇迦之御魂神は五穀豊穣の神様として知られています。御朱印の台紙にも透かしで美しく描かれている白蛇は、岩國白蛇神社の御祭神ではなく、神々の使いとして信仰されています。
白蛇と五穀豊穣には、実はかつて大きな関わりがありました。江戸時代に、複数の白蛇が岩国藩の米倉に住み着いており、米を狙うネズミを食べていたと伝わっています。大正時代には、この地域では1,000匹近い白蛇が野生下で生息していたともされています。
岩國白蛇神社の白蛇が描かれた御朱印には、五穀豊穣が未来永劫続くようにという願いが込められているのかもしれません。

私が岩國白蛇神社を参拝した際には、御朱印がもう1種類授与されていました。
右側に「奉拝」「岩國白蛇神社」、左側に「参拝日付」、中央に「2匹の白蛇」「松竹梅」が箔押しで表現されたデザインで、初穂料は500円でした。

白蛇とともに描かれている「松竹梅」は、寒い冬でも青々と育つことから、とても縁起が良い植物として知られています。そんな松竹梅とたわむれるように白蛇が描かれており、金運や長寿、そして子孫繁栄といった幾重ものご利益がもたらされそうな意匠です。
箔押しの煌びやかな見た目と相まって、岩國白蛇神社のありがたいご利益が詰まった御朱印だと思います。
岩國白蛇神社のすぐ裏手には、白蛇観覧所が併設されています。
白蛇観覧所は、白蛇の飼育施設でもあり、49匹の白蛇が外飼いされており、室内でも4匹が飼育されています。私が訪問したのが3月下旬であったため、屋外の飼育施設では白蛇は冬眠からあまり目覚めておらず、1匹のみが顔をだしていました。室内の飼育施設では温度管理されているため、白蛇の姿を1年中見ることができます。


岩国藩の米倉を住処として、徐々に数を増やしていった岩国の白蛇は、その珍しさから大正13年(1924年)に「白ヘビ生息地」として天然記念物の指定を受けました。しかし、徐々に周辺地域は都市化が進み、また餌となっていたネズミも減少したことから、絶滅の危機に瀕します。そこで、岩国白蛇保存会が保護保存活動に努め、昭和47年(1972年)に「岩国のシロヘビ」としてあらためて天然記念物に指定されました。国や地方、地域住民が一体となって白蛇の保護に努め、現在も900匹前後が保護下で生息しつづけています。

白蛇観覧所でも御朱印が授与されていて、私が参拝した際には3種類ありました。
白と黒の和紙の台紙の2種類の御朱印は、背景に梅の花と白蛇のイラストが描かれ、「開運・金運」「岩国白蛇」「参拝日付」の文字が記されるデザインでした。

もう1種類の御朱印は、金色の台紙に蛇の細かい鱗までが美しく切り絵で表現されたデザインでした。
商売繁昌や金運の神様として広く知られる弁財天は、白蛇が使いもしくは化身とされています。そのため、白蛇自体も開運や金運をもたらす存在として信仰の対象になっていて、黄金に輝く切り絵御朱印は、開運や金運向上のご利益がより強力に込められているように感じました。

白蛇観覧所の御朱印は、地域の大切な文化財でもある岩国の白蛇を保護し、未来につなげていく活動を行う岩国白蛇保存会が発行しています。白蛇の実物を観覧したあとにこの御朱印を拝受することで、白蛇のご利益を授かれるだけではなく、初穂料を通じて白蛇の保護活動にも貢献することができます。
白蛇観覧所では、白蛇のご利益にあやかることができる様々な 記念品や授与品が頒布されています。私は白蛇の本物の抜け殻が入った金運守を購入しました。


「金運」とかかれた金色の紙の中にお守りが包まれており、お守り本体の右上には「金運守」と白蛇が描かれ、お守りの内部には小さな小判が封じられています。裏面には、桜に囲まれるように白蛇の本物の抜け殻が入っています。
蛇は何度も繰り返して脱皮することから、古来から再生や繁栄の象徴として扱われてきました。それが転じて、蛇の抜け殻は商売繁盛や金運など様々なご利益と結びつけられるようになります。白蛇を観覧し、御朱印をいただいたあとに金運守も手にすれば、最強の開運や金運向上に恵まれることでしょう。
岩國白蛇神社は、白蛇を神の使いとして祀っている神社で、隣接する白蛇観覧所では天然記念物「岩国のシロヘビ」を観覧することができます。白蛇が描かれた御朱印を拝受すれば、神聖な白蛇と深いご縁を結び、開運・金運向上の大きなご利益をいただくことができるでしょう。地域で大切に守り続けられている白蛇の歴史と地域住民の想いにも耳を傾けてみてください。

ライター:綾木ゆうき
福岡出身、山口県北部在住のWebライター。幼少期に6年間習字を習っていたことから、筆跡の美しさに魅了され御朱印収集をはじめました。現在は九州・中国地方を中心に、趣味の国内旅行を兼ねて全国各地の御朱印を集めています。
スポンサーリンク
皇室の祖先や歴代天皇を祭神とするなど皇室とゆかりが深い「神宮」が、全国に24社あります。オーダーメイド納経帳・御朱印帳「千年帳」のサイトで取り上げたいくつかの神宮の、天皇家ゆかりの御朱印の情報をまとめました。
岩手県盛岡市にある「櫻山神社」は、江戸時代に盛岡藩を治めた南部家ゆかりの神社で、盛岡城跡に鎮座してます。いただける御朱印はには、南部家が使っていた複数の家紋印がおされ、境内の季節折々の風景を表現したスタンプが付与されるのも参拝の記念として人気の要素になっています。
京都府京都市北区にある「建勲神社」は、戦国武将・織田信長を御祭神とする神社で、平安京の北を守護する船岡山山上に鎮座しています。信長にちなんだ「天下布武」の御朱印のほか、信長の家臣が描かれた特別御朱印、神社ゆかりの刀剣にちなんだ御朱印など多種多彩な御朱印が授与されています。
広島県広島市東区にある「明星院」は、広島藩の祈祷寺として信仰をあつめた古刹で、日本最大級の赤穂義士の木像が安置されていることでも知られています。境内に祀られているいろいろな仏様の御姿が精巧に描かれた多種多様な御朱印が授与されています。