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【御朱印情報】福岡県「志賀海神社」の「志賀島」の歴史と海の神様の御神徳が詰まった御朱印

福岡県福岡市にある「志賀海神社」は、「海神の総本社」「龍の都」として信仰をあつめてきた神社です。古代からの海上交通の要衝であった「志賀島」の長く深い歴史と、海の神様の強大な御神徳が詰まった伝統的なデザインの御朱印が授与されています。

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古代からの海上交通の要衝「志賀島」に鎮座する「志賀海神社」

福岡県福岡市、博多湾に浮かぶ志賀島(しかのしま)の高台にある「志賀海神社(しかうみじんじゃ)」は、古くから「海上交通の要衝」や「博多湾の総鎮守」として信仰をあつめてきた神社です。

 

創建は不詳ですが、古代に志賀島の北部に、表津綿津見神(うわつわたつみのかみ)を祀る「表津宮(うわつぐう)」、仲津綿津見神(なかつわたつみのかみ)を祀る「仲津宮(なかつぐう)」、底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)を祀る「沖津宮(おきつぐう)」が建っていたと伝わっています。
2世紀から4世紀頃に、表津宮を現在地に移築する際に、仲津綿津見神、表津綿津見神の2柱も合祀したのが、現在の志賀海神社のルーツであると考えられています。

 

南北朝時代には一時衰退したものの、室町時代中期に九州地方北部および中国地方西部を支配した武将・大内持世(おおうちもちよ)によって再興されました。
戦国時代から江戸時代にかけては、天下人となった豊臣秀吉(とよとみひでよし)が50石を寄進した記録がのこっているほか、黒田長政(くろだながまさ)や小早川隆景(こばやかわたかかげ)などが社殿の造営や再建を行うなど、地域の有力武将の庇護を受けています。

 

現在では、全国にある綿津見神社(わたつみじんじゃ)・海神社(わたつみじんじゃ)の総本社を称し、海上安全・交通安全・災厄祓除・病気平癒などのご利益を求めるたくさんの参拝者が訪れています。
志賀海神社は、たいへん長く深い歴史があり、古くからのしきたりも受け継がれていて、喪の期間中、生理中、妊娠中、生後百日以内の子どもの参拝は極力避けてほしい旨の案内が志賀海神社公式ホームページに記載されていますので、参拝の際にはご注意ください。

志賀海神社_参道_楼門
志賀海神社の参道や楼門は長い歴史を感じさせる趣があります。
志賀海神社_山の神
参道途中には、志賀海神社の海の神と対をなす山の神も祀られています。

 

 

志賀島の歴史と海の神様の御神徳が詰まった御朱印

志賀海神社の御朱印は、右に「奉拝」、中央に「志賀海神社」、左に「参拝日」の墨書きと、「筑前志賀島鎮座」「志賀海神社」の朱印がおされるデザインでした。

志賀海神社_御朱印
装飾を排し、達筆な墨書きの美しさが際立つ志賀海神社の御朱印です。

 

「筑前志賀島鎮座」と記されていることからわかるように、志賀海神社は筑前国(ちくぜんのくに、現在の福岡県西部)の志賀島に鎮座しています。志賀島は、博多湾の北部に浮かぶ島であり、九州本土と全長約8kmの砂州「海の中道」で陸続きになっていて、西暦57年に後漢(ごかん、中国の古代王朝)の初代皇帝・光武帝(こうぶてい)が「倭奴国(わのなこく、古代の日本に存在した小国家)」に授けたとされる「漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)」の発見地として有名です。

志賀海神社_漢委奴国王印
純金製の漢委奴国王印は国宝に指定されていて、御朱印を拝受すると、この印を模した朱印がおされた紙をはさんでいただけました。

 

古代は、志賀島が海洋民族「阿曇族(あづみぞく)」の重要な海上拠点の一つであったといわれています。志賀海神社は阿曇氏の祖神である綿津見三神を祀っていることから、一族が代々奉斎し、本拠地としても重要視されていたと考えられています。
現代において、阿曇氏と志賀海神社の縁の深さが受け継がれているのが、春と秋の年に2回開催されている「山誉め祭(やまほめまつり)」です。海の民だった阿曇氏が山の神を誉め称える神事で、現在も春の「山誉種蒔漁猟祭」、秋の「山誉漁猟祭」が執り行われています。

 

また、志賀海神社の御祭神・綿津見三神は海の神様であることから、古くから「海神の総本社」「龍の都」として讃えられてきました。
龍の角と鹿の角が似ていることにちなんで、志賀海神社神社では古来より鹿の角を奉納する独自の習慣があります。日本神話において、神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓出兵の際に、対馬(つしま、現在の長崎県に属する離島)で鹿狩りを行い、無事に三韓平定した後に「鹿の角」を奉納したのが、この風習の起源だといわれています。
願いごとの成就を祈って参拝者が志賀海神社に鹿の角を奉納し続けていて、境内の鹿角庫に納められた角の数は、実に10,000本以上にも及ぶほどです。

志賀海神社_鹿
鹿角庫の横には、鹿のオブジェも設置されていました。

 

志賀海神社の御朱印は、シンプルで伝統的なデザインの中に、古代の海の拠点の守り神として重要な役割を果たしてきた長く深い歴史や、現代においても広く信仰をあつめる海の神様の強大な御神徳が詰まっているように感じます。

 

 

 

 

身を清める「御潮井」と神功皇后の伝説由来の「亀石」

志賀海神社の社殿の前には、「御潮井(おしおい)」が置かれています。御潮井とは清めの砂のことで、砂を体の左右左にふりかけて身を清めて参拝するのが志賀海神社ならではの作法です。
毎年7月に開催されるユネスコ無形文化遺産「博多祇園山笠(はかたぎおんやまがさ)」でも、箱崎浜で「お潮井取り」が行われています。出掛ける前に、清めの砂を振りかけて災いや事故から身を守る「お潮井」の習慣が、博多を中心とする福岡市には受け継がれています。
※博多祇園山笠が行われる櫛田神社に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】福岡県「櫛田神社」の「博多総鎮守」の御朱印と「博多祇園山笠」

 

志賀海神社_御潮井
志賀海神社では、俗世と神域をわける鳥居の脇にお清め用の御潮井が置かれています。

 

社殿の横には、亀の形をした2つの石が祀られた「亀石遥拝所」があります。
神功皇后が三韓征伐に出かける時に、この地の対岸で無事に帰還できるようにと祈願したところ、雌雄の亀に乗った神様が現れて導いてくれたという言い伝えに由来する聖なる石ですので、志賀海神社を訪れた際には亀石にもぜひお参りください。

志賀海神社_亀石遥拝所
亀石遥拝所からの麗しい海の風景にも心が癒されました。

 

 

志賀海神社は、古くから海の神様として広く信仰をあつめる古社です。志賀島は九州本土と陸続きになっていて、福岡市街地からのドライブにもおすすめのスポットです。玄界灘の豊かな海の景観を楽しみ、長く深い歴史と強大な御神徳が詰まった御朱印をぜひいただいてみてください。

 

※福岡県福岡市で御朱印が人気の神社が、以下リンクの記事でまとめて紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】福岡県福岡市で御朱印が人気の神社5選

 

※福岡県で初詣の参拝者数が多い上位5社に関して、以下リンクの記事でまとめて紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】福岡県の初詣参拝者数上位5社の御朱印

 

 

 

 

ライター:neko
学芸員の資格を持つWebライター。九州を中心に全国の寺社仏閣に出掛け、御朱印を集めるのが趣味です。今までにいただいた御朱印は、御朱印帳5冊ほどになりました。

 

 

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