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【御朱印情報】埼玉県「聖神社」の日本初の流通通貨「和同開珎」の朱印がおされる金運上昇の御朱印

埼玉県秩父市にある「聖神社」は、日本で初めて和銅が発見された場所に鎮座する神社です。御朱印には、和銅を使った日本初の流通通貨「和同開珎」の朱印がおされ、金運上昇の「銭神様」のご利益を象徴するデザインになっています。

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日本で初めて和銅が発見された場所に鎮座する「聖神社」

埼玉県秩父市、秩父盆地の北東部の和銅山(わどうざん)の山麓にある「聖神社(ひじりじんじゃ)」は、日本で初めて和銅が発見された地に鎮座する神社です。

 

飛鳥時代後期の慶雲5年(708年)、武蔵国秩父郡(むさしのくにちちぶぐん、現在の埼玉県秩父市)で日本で初めての和銅が発見され、朝廷に献上されました。それを喜んだ朝廷は、元号を「慶雲」から「和銅」へと改元し、日本で最初の流通通貨「和同開珎(わどうかいちん)」が鋳造・発行されました。和銅の発見地に勅使を遣わし、沢の上流の祝山(はうりやま)に神籬(ひもろぎ、神霊の宿るところ)を建てるとともに、祝山から銅洗堀を隔てて、蓑山(みのやま)を背にした清浄の地を選んで和銅元年(708年)2月13日に聖神社を創建し神々を祀りました。

 

聖神社には、創建当時に採掘された和銅石13個(聖神社に現存するのは大小2個)と、当時の元明天皇(げんめいてんのう)より下賜された銅製のむかで雌雄一対が御神宝として、また神社の宝物庫には、当時の御神宝として和同開珎が納められています。
現在の社殿は、江戸時代中期の宝永6~7年(1709~10年)に大宮郷の工匠・大曽根与兵衛によって建立されたもので、「聖神社の社殿」として秩父市指定有形文化財として大切に受け継がれています。一間社流造りの本殿と入母屋造りの礼拝殿からなり、彫刻は桃山期の遺風をのこす活気に満ちたものとして評価されています。

 

御祭神は、金山彦命(かなやまひこのみこと)、国常立尊(くにたちひこのみこと)、大日孁貴尊(おおひるめのむちのみこと、天照大神)、神日本磐余彦命(かむやまといわれひこのみこと、神武天皇)、元明金尊(げんめいこがねのみこと、元明天皇)の五柱で、金運や財運、商売繁盛、事業繁栄、出世のご利益があるとして信仰をあつめています。境内には、金運にまつわる絵馬や宝くじが当たったことを報告する掲示板があり、金運上昇の聖地として、多くの人が参拝に訪れています。

聖神社_参道
金運上昇を感じさせる和同開珎の絵が書かれたたくさんの黄色いのぼりを見ながら傾斜のある階段を上った先に聖神社の拝殿があります。
聖神社_拝殿_和同開珎
拝殿前には和同開珎の大きなオブジェがあり、写真スポットになっています。

 

 

日本初の流通通貨「和同開珎」の朱印がおされる御朱印

聖神社では、拝殿に向かって右側にある社務所で御朱印が授与されています。私が参拝した令和8年(2026年)2月22日時点では、御朱印は1種類のみで、書置きタイプのみの対応でした。
今回私がいただいた御朱印は、右下に「和銅献上の里」と「和同開珎の図」、中央には「聖神社」、左下には「神社印」の朱印がおされ、右側に「奉拝」、中央に「聖神社」、左側に「参拝年月日」の墨書きが入るデザインで、初穂料は500円でした。

聖神社_御朱印
シンボルになっている和同開珎の朱印が印象的な聖神社の御朱印です。

 

御朱印の右下に朱印がおされる「和同開珎」は、日本ではじめて流通したといわれる通貨(最古の貨幣としては「富本銭(ふほんせん)」もありますが、これは広く流通されなかったことや使用用途が貨幣としてではなかった可能性もあることから初の流通貨幣は和同開珎とかんがえられています)で、その原料の和銅が聖神社がある地域一帯から発掘されたことがゆかりとなっています。和銅とは精錬(粗金属から不純物を取り除き、より純度の高い金属にする工程)を要しない自然銅のことで「ニギアカガネ(熟銅)」と呼ばれました。
和銅採掘の歴史を感じることができる場所として、聖神社から歩いて10分ほどのところに和銅採掘遺跡があり、高さ5mほどの大きな記念碑が置かれています。他にも銅洗堀や銅採掘坑道など採掘の名残を感じられる場所があり、周辺一帯は和銅遺跡と呼ばれる歴史スポットとして大切に保護されています。聖神社の歴史に深く関係する場所なので、参拝とあわせてぜひ訪れてみてください。

聖神社_和銅遺蹟
和銅遺蹟は山間部にあるので、動きやすい装備で散策してみてください。

 

また、聖神社ではオリジナルの御朱印帳が販売されており、鮮やかな黄金色を基調に、表紙は拝殿、裏表紙には和同開珎と雌雄一対のむかでがあしらわれており、聖神社が銭神様として愛されていることがよくわかるデザインになっていますので、御朱印を拝受しに社務所を訪れた際にはぜひチェックしてみてください。ちなみにむかでは「お金(=おあし)には困らない」という語呂合わせで縁起の良い虫として、聖神社では眷属として扱われています。

 

 

 

 

江戸時代後期から受け継がれる伝統行事「黒谷の獅子舞」

聖神社では通例行事として獅子舞が行われており、「黒谷の獅子舞」と呼ばれて地元の人が受け継いでいます。
黒谷の獅子舞は、「岡崎下妻流」という流派の獅子舞で3人1組で行うことが特徴です。伝説によると、左甚五郎(ひだりじんごろう、存在を確定する資料などはありませんが江戸時代初期に活躍したと伝えられ日光東照宮の「眠り猫」などを彫ったとして有名な伝説的な彫刻職人のことです)が竜頭を刻んで奉納した獅子を被って舞ったことが起源だそうです。はじまりは雨乞いの行事であったこの舞は、江戸時代後期から脈々と受け継がれ、現代にも続いている聖神社の伝統行事になっています。
毎年4月13日と11月3日に開催されていますので、ぜひ一度ご覧になってみてください。

 

 

 

聖神社は、日本で最初の流通通貨「和同開珎」ゆかりの「銭神様」として古くから地域の人々に親しまれてきました。近年は、宝くじが当たる、事業成功のご利益があると話題になり、金運上昇の聖地として有名になり、日本各地から参拝者が集まってきています。参拝の証として和同開珎が描かれた御朱印を拝受すれば、金運上昇のご利益がより強大になるかもしれません。

 

 

 

 

ライター:碧海山葵(あおみわさび)
ライターやハンドメイドでフリーランスになろうと奮闘中。本やマンガを読むこと、ドラマ鑑賞、旅行、占い、編み物など趣味をつくることが趣味。御朱印は「これはリアル夏目友人帳だ」と衝撃を受けた大学生の頃から少しずつ集めはじめ、現在は2冊目です。

 

 

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