四国の職人が心に響く手仕事で仕上げる
オーダーメイド納経帳・御朱印帳「千年帳」

「千年帳」オンラインショップ
facebook twitter instagram
facebook instagram twitter

【御朱印情報】大阪府「堀越神社」の長い歴史を感じる「浪華茶臼山」の御朱印

大阪府大阪市天王寺区にある「堀越神社」は、四天王寺とともに聖徳太子によって建立され、1400年以上の歴史があると伝わる神社です。シンプルな伝統的なデザインの御朱印には大阪の歴史を感じる地名「浪華茶臼山」が記されています。

スポンサーリンク



 

 

聖徳太子が建立したと伝わる「堀越神社」

大阪府大阪市天王寺区にある「堀越神社(ほりこしじんじゃ)」は、聖徳太子が四天王寺(してんのうじ)とともに建立したと伝わる神社で、1400年以上の歴史があるとされています。周辺に鎮座する大江神社(おおえじんじゃ)、上之宮神社(うえのみやじんじゃ)、小儀神社(しょうぎじんじゃ)、久保神社(くぼじんじゃ)、土塔神社(どとうじんじゃ)、河堀稲荷神社(こぼれいなりじんじゃ)とともに四天王寺を守護する「四天王寺七宮(してんのうじしちみや)」と呼ばれて古くから信仰されています(このうち、上之宮神社、小儀神社、土塔神社は大江神社に合祀されています)。

 

堀越神社の御祭神は第32代崇峻天皇(すしゅんてんのう)です。崇峻天皇は聖徳太子の叔父にあたる人物で、蘇我馬子(そがのうまこ)によって擁立されましたが、後に対立し、592年に暗殺されました。配祀神として崇峻天皇の妃である小手姫皇后(おてひめこうごう)、崇峻天皇の第三皇子である蜂子皇子(はちこおうじ)、崇峻天皇の皇女である錦代皇女(にしきでこうじょ)が祀られています。

 

堀越神社は、地元大阪で古くから「一生に一度の願いを聞いてくれる神様」として信仰されていて、現在も「ひと夢祈願」という祈祷で有名です。
明治時代までは境内の南沿に美しい堀があり、この堀を渡って神社へ参拝したことから「堀越」という神社名になったといわれています。

堀越神社_社殿_幕
崇峻天皇を祀る堀越神社の社殿には皇室のシンボルである「十六葉八重表菊紋」の幕や提灯が掲げられていました。

 

 

地名「浪華茶臼山」が記された御朱印

堀越神社では朱印と墨書きのみの伝統的な御朱印がいただけます。
「浪華茶臼山(なにわちゃうすやま)」、十六葉八重表菊紋に「堀」の社紋、「堀越神社」の3種類の印と日付のみの墨書きで、とてもシンプルで美しい御朱印です。

堀越神社_御朱印
小さい字の朱印「浪華茶臼山」に注目の堀越神社の御朱印です。

 

「なにわ」とは大阪市と大阪市周辺を指す古称で、語源には「浪が速い=浪速」や「大阪湾は魚介類が豊富=魚(な)の庭(にわ)」などさまざまな説があります。漢字での表記も「浪速」「浪花」「難波」などさまざまなものがありますが、堀越神社の御朱印の「浪華」もそのうちのひとつで、この字には「なみはや=浪が砕けて花のように見える」という意味があるそうです。

 

また、御朱印の「茶臼山」の表記ですが、堀越神社がある場所の現在の地名が「茶臼山町」で、この地にかつてあった茶臼山は、江戸時代初期の慶長19年から慶長20年(1614年〜1615年)にかけて、豊臣方と徳川方の二大勢力が争った「大阪冬の陣・夏の陣」において豊臣方の武将である真田幸村(さなだゆきむら)が本陣を置いた場所で、激戦地となったことで知られています。

 

境内の奥には「茶臼山稲荷神社(ちゃうすやまいなりじんじゃ)」があります。昔は茶臼山の山頂に祀られていて、商売繁盛の神として信仰されていました。
徳川家康が大阪冬の陣の際に茶臼山稲荷に参詣していて、夏の陣で真田幸村の軍勢に追い詰められたところを稲荷神社の白狐に危機を救われたという伝説があり、戦が終結した後も家康が厚く信仰したといわれ、後に堀越神社境内に移されたそうです。

 

堀越神社がある地域は、大阪の中心地で歴史上の様々な場面で登場する重要な場所だったのです。

 

 

 

 

「熊野第一王子之宮」の御朱印

現在の堀越神社は大阪の幹線道路である谷町筋沿いにありますが、一歩境内に入ると樹齢数百年といわれる木々に囲まれ、とても静かで都会にいることを忘れるような厳かな雰囲気です。

堀越神社_境内
都会にありながら緑が多く、一歩境内に入ると静かに参拝できます。

 

境内はコンパクトですが、いくつかの摂社末社があり、熊野権現の分霊を祀った「熊野第一王子之宮」もお祀りされていて、こちらの御朱印も堀越神社の社務所で書いていただけます。
私は未拝受で写真がないのですが、印は「熊野第一王子之宮」、「浪華茶臼山」、「堀越神社」の3種類で、日付のみ墨書きしていただけます。「堀越神社」の印は堀越神社の御朱印と比べると小ぶりなもので、「熊野第一王子之宮」の印には熊野大社のシンボルである八咫烏も彫られています。

 

「熊野」という名前の通り、熊野第一王子之宮は「熊野詣(くまのもうで)」と関係があります。和歌山県の熊野大社に参詣する熊野詣は平安時代に盛んになりましたが、その道中は熊野権現の分霊を祀った九十九の王子社を巡礼することが慣習でした。
全部で九十九ある王子社のうち、スタート地点となる第一王子之宮が大阪天満にある「窪津(くぼつ)王子」です。窪津王子は後に四天王寺の西門近くの熊野神社へ移され、さらに堀越神社に移されて熊野第一王子之宮となりました。窪津王子がもともとあった場所には、現在は摂津国一宮である「坐摩神社(いかすりじんじゃ)」の行宮(あんぐう)があります。
※坐摩神社に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】大阪府「坐摩神社」の白鷺がデザインされた摂津国一宮の御朱印

 

堀越神社_熊野第一王子之宮
境内に祀られている「熊野第一王子之宮」は小さなお宮ですが、熊野詣の歴史を感じられるスポットです。

 

その他にも、境内で参拝者がよく訪れるスポットに「ちんたくさん」があります。正式には「太上神仙鎮宅霊符尊神(だいじょうしんせんちんたくれいふそんしん)」といい、お守りやお札の元祖といわれる中国の神様です。ちんたくさんは陰陽道において最高の神とされ、神道や仏教にも取り入れられています。「ちんたく」という名のとおり家宅を鎮め、家内安全の御利益があるといわれています。
ちんたくさんに寄り添うように樹齢550年の楠の御神木があります。こちらの木は落雷や火災にも耐え、昭和40年(1965年)に地下鉄開通工事があった際に現在地に移されたそうです。「疲れた」「気力が落ちた」と感じたとき、この御神木に触れるとパワーがいただけるといわれています。

 

 

堀越神社は四天王寺を守護する神社として聖徳太子が建立し、大阪の歴史の重要な場面でたびたび登場する場所に鎮座する古社です。伝統的でシンプルな御朱印のほか、夏祭りなどの行事では特別な御朱印が頒布されることもあるので、ぜひチェックして参拝してみてください。

 

 

 

 

ライター:kanakana
神社仏閣・御朱印ブロガー。徳島県を中心に四国や淡路島で神社仏閣巡りを楽しむ御朱印ガールで、年間300体以上の御朱印を拝受しています。御朱印を通じて神社仏閣の魅力をご紹介します。

 

 

御朱印情報マップ

関連記事

千年帳バナー 千年帳バナー