- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
奈良県斑鳩町にある「法隆寺」は、聖徳太子ゆかりの寺として知られ、世界最古の木造建築群を有し世界遺産にも登録されている日本を代表する寺院です。聖徳太子が理想とした国のあり方を示す言葉「以和為貴」が記される御朱印など、日本の仏教文化の歴史を感じる複数種類の御朱印が授与されています。
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数多の史跡が集積している奈良県斑鳩町にある「法隆寺(ほうりゅうじ)」は、飛鳥時代に日本仏教と国家制度の礎を築いた賢人「聖徳太子(しょうとくたいし)」ゆかりの日本を代表する寺院です。
推古天皇15年(607年)に創建されたと伝わり、現在の西院伽藍は世界最古の木造建築群として知られています。平成5年(1993年)には「法隆寺地域の仏教建造物」としてユネスコの世界遺産にも登録され、日本の仏教文化と建築技術の高さを今に伝える寺院として多くの参拝者が訪れています。
法隆寺の金堂の柱には「エンタシス」と呼ばれる建築技法が見られます。
これは柱の中央部分をわずかにふくらませることで、遠くから見たときに柱がまっすぐに見えるよう工夫されたものです。この技法は古代ギリシャ建築にも見られる特徴とされています。西アジアやインド、中国を経て、日本へ仏教文化とともに様々な技術が伝わったといわれており、法隆寺の建築にもその影響が色濃く反映されていて、まさにシルクロードの存在を感じずにはいられない寺院です。
奈良の地にいながら遠く西方の文化の痕跡を感じられること、そして人から人へと伝承される歴史を実感できることも、法隆寺の大きな魅力のひとつです。

法隆寺には多数の堂宇にいろいろな仏様が祀られていて、複数種類の御朱印が授与されています。
私は、聖徳太子の尊像を安置するための堂宇「聖霊院」で、法隆寺の象徴的な御朱印「以和為貴」の御朱印をいただきました。
中央に「以和為貴」、右に「奉拝」「参拝日付」、左に「法隆寺」の墨書き、右上に「斑鳩」、中央に「救世観音菩薩の御影」「法隆寺学問寺」の朱印がおされるデザインです。

中央の墨書き「以和為貴」は、「和を以て貴しとなす(わをもってとうとしとなす)」という、聖徳太子が理想とした国のあり方を示す言葉です。人々が互いに和らぎ、争わないことこそが最も大切であるという意味が込められています。
力強く書き入れられた「和」の一文字は、単なる歴史上の言葉ではなく、穏やかに生きるための指針、そして現代を生きる私たちへのメッセージとも感じられます。現代の世界では戦争や紛争が絶えません。私たちの身近でも、SNSを通じて人を傷つける言葉が簡単に広がる時代になっています。そんな今だからこそ「以和為貴」という四文字の言葉は、改めて大きな意味を持つのではないでしょうか。
1,400年以上前に聖徳太子が示したこの言葉には、人が大切にすべき心が込められているように感じます。その想いは、日本だけでなく世界にも通じるものといえるでしょう。
中央の朱印は、夢殿に祀られている本尊「救世観音菩薩」の姿を描いたものです。
法隆寺の救世観音菩薩像は飛鳥時代に造られたとされ、日本に仏教文化が持ち込まれた最初期の様子を伝える貴重な仏像として知られています。救世観音菩薩は聖徳太子の守護仏ともいわれ、長い間秘仏として大切に守られてきた仏像であり、現在でも春と秋の特別公開の時期にのみ拝観することができます。細長くすらりとした姿と表情は、飛鳥自体の仏像ならではの神秘的な魅力を感じさせます。
救世観音菩薩の下の朱印には「法隆寺学問寺(ほうりゅうじ がくもんじ)」と記されています。
法隆寺は古くから仏教の経典を研究し、講義が行われる学問の場でもありました。多くの僧侶がここで仏教を学び、日本各地に教えを広めてきた歴史があり、日本の仏教文化の発展に関わってきた寺院であることが、この朱印に表されています。
右上の朱印は「斑鳩(いかるが)」と刻まれています。斑鳩とは、太い黄色いくちばしを持つスズメ目アトリ科の鳥「イカル」と、この鳥に由来する奈良県の地名「斑鳩」を指す言葉です。
地名「斑鳩」の由来にはいくつかの説があります。この地域にイカルという鳥が多く生息していたこと、また聖徳太子が法隆寺建立の地を探していた際、イカルの群れが飛んできた場所であったことから名付けられたという伝承ものこっています。
聖徳太子はこの地に斑鳩宮(いかるがのみや)を置き、日本の政治と仏教文化の中心地としました。法隆寺も古くは「斑鳩寺(いかるがでら)」と呼ばれていたことがあり、この地域と法隆寺が日本の歴史上非常に重要な役割を果たしたことを物語っています。
この御朱印をいただいた「聖霊院(しょうりょういん)」は、聖徳太子の尊像を安置するための建物で、建造物としては国宝にも指定されている貴重なものです。
堂内に入ると、静寂とともに古い木造建築特有の落ち着いた香りに包まれます。納経所で御朱印帳を預け、僧侶が丁寧に筆を走らせるのを待つ時間は、自分自身と向き合うひとときでした。
聖霊院では靴を脱いで建物の中に入ります。歩くたびに、古い木の床と畳から優しい温かみが伝わってきました。それは、仏様のぬくもりなのかもしれません。歴史ある床に立ち、見える鏡池の景色もまた美しく、「かつて聖徳太子も同じ場所に立ち、この鏡池を眺めていたのかもしれない」と思った瞬間、静かな聖霊院の空気の中で、私の胸はほんの少し高鳴りました。

法隆寺西院伽藍の中心には、金堂と五重塔が並び立っています。
建物は7世紀頃のものとされ、世界最古の木造建築群として知られています。長い年月を経てもなお静かに佇む姿から、日本の仏教文化と建築技術の高さが感じられます。五重塔は高さ約32.5mで、心柱(しんばしら)という一本の柱を中心に建てられ、地震の揺れを逃がす構造になっています。

法隆寺の入口にあたる「南大門(なんだいもん)」には、迫力ある金剛力士像が安置されています。
口を開いた「阿形」と口を閉じた「吽形」の二体で一対となり、古くから寺院の門を守ってきました。「阿(ア)」=始まり、「吽(ウン)」=終わり、つまり、宇宙の始まりから終わりまでを守る存在だということを意味しているといわれています。力強い表情と躍動感のある姿からは、参拝者を迎えながら同時に邪気を退ける厳かな雰囲気が感じられました。

法隆寺の境内には、長い年月を生きてきた古木がたくさんあります。
ねじれるように伸びた幹や、深く刻まれた樹皮の表情からは、長い歴史の重みが感じられます。1400年以上の歴史を持つ法隆寺の境内では、建造物だけではなくこうした自然の姿からも時間の流れを感じることができます。

法隆寺は日本の仏教文化や信仰の歴史を今に伝える貴重な寺院です。御朱印を通して聖徳太子の教えに触れられる点も大きな魅力といえるでしょう。境内を歩くと、音、香り、景色、ぬくもりなど、遠い昔から受け継がれてきた文化や信仰の流れを五感で感じることができます。奈良を訪れた際には、ぜひ法隆寺を歩きながら、その歴史と静かな空気を体感し、聖徳太子とご縁を結ぶ御朱印をいただいてみてください。
※聖徳太子ゆかりの橘寺に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】奈良県「橘寺」の「聖徳太子」の生誕地であることが記される御朱印
ライター:paNi.K
正看護師として高齢者施設に勤務しながら活動するWebライター。お寺巡りや御朱印集めが趣味で、関西を中心に各地の寺院を訪れています。参拝しながら境内の空気や雰囲気を感じ取り、その体験を言葉として残すことを大切にしており、実際の参拝体験をもとに、寺院の歴史や御朱印の魅力を伝えていきたいと思っています。
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