- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
神奈川県横須賀市にある「叶神社」は、西叶神社と東叶神社の2社からなる神社です。東西2社を巡ることで祈りと願いがひとつになると考えられていて、見開きページに2社の御朱印を拝受すれば、参拝体験がより深まる特別な御朱印が完成します。
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目次
神奈川県横須賀市、市街地から南東沿岸部の浦賀エリアにある「叶神社(かのうじんじゃ)」は、浦賀港の入江を挟んで向かい合う「西叶神社(にしかのうじんじゃ)」と「東叶神社(ひがしかのうじんじゃ)」の2社からなる神社です。
叶神社のはじまりは、平安時代末期の養和元年(1181年)に文覚上人(もんがくしょうにん)が京都・石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)の神霊を勧請し、平治の乱で敗れ伊豆国(いずのくに、現在の静岡県伊豆半島)に配流されていた源頼朝(みなもとのよりとも)の再興を祈願したことにさかのぼると伝わっています。その後、源氏は平家を滅ぼし、源頼朝は鎌倉幕府初代将軍となり、願いが叶ったことから、社名が付けられたといわれています。
御祭神は、必勝祈願・出世開運などのご利益が有名で八幡神(はちまんしん)として崇められ、源氏の守り神としても崇敬された第15代・応神天皇(おうじんてんのう、誉田別尊(ほむたわけのみこと)とも呼ばれる)です。古くから浦賀の鎮守としてあつい信仰をあつめ、海とともに生きてきた町の祈りを受け止めてきました。
現代において多くの参拝者を惹きつけているのが、浦賀港の入江を挟んで向かい合う西叶神社と東叶神社の2社を巡る参拝のかたちです。西で祈りを立ち上げ、東でその願いを結ぶ、東西2社を巡ってこそ叶神社の参拝体験がより特別なものになり、物語が完成します。
西叶神社は、叶神社の本宮と伝わり、浦賀の西岸に鎮座しています。
石段の先にあらわれる社殿は、港町の賑わいのそばにありながら、境内に一歩入ると空気がすっと引き締まり、古社らしい重みが感じられます。長い信仰の時間を抱えた社地には、浦賀の町を見守ってきた鎮守の風格が静かに漂っています。

拝殿や境内には見どころが多く、なかでも印象に残るのが、拝殿の天井に施された花鳥の彫刻です。見上げた先に広がる力強い意匠は、西叶神社に流れる祈りの気配をいっそう濃く感じさせます。また、境内では狛犬や石造物にも印象的な表情が見られ、社頭の景色が参拝の記憶を豊かにしてくれます。


西叶神社の御朱印は、中央に「叶神社」、右上に「奉拝」、左に「参拝日付」の墨書き、中央に神紋「菊葉」と「神社印」、右下に「相州浦賀町宮下」の朱印がおされるデザインです。

神紋「菊葉」の意匠の元になっている菊は、皇室の紋章としても使われていて、御祭神である応神天皇を象徴しています。
菊の花の華やかさと、葉の重なりに宿る静かな気品が感じられ、社格と由緒がにじみでています。御朱印の中央上部に配されることで、墨書きの力強さを受け止めながら、きりりと引き締める役割を果たしているように感じました。
「相州浦賀町宮下」の朱印は、御朱印に土地の記憶を深く刻み込んでいます。
「相州」は相模国(さがみのくに、現在の神奈川県全域)を意味する旧国名を表し、「浦賀町」は海上交通の要衝として栄えた地名、そして「宮下」は西叶神社の足元に広がる集落名です。西叶神社の周囲に町が連なり、信仰と暮らしが隣り合ってきた浦賀西岸の気配が、この地名印にはそのまま封じ込められているかのようです。
西叶神社の御朱印には、源氏の再興に深く関わった御祭神の御神徳と、この地がたどってきた歴史の重みが詰まっています。この御朱印をいただくことが、叶神社の2社を参拝する祈りの起点になります。
東叶神社は、浦賀の東岸に鎮座しています。
西叶神社から東叶神社へは、浦賀港の両岸を結ぶ「浦賀の渡し」で向かいます。片道およそ3分という短い船旅ですが、この移動があるからこそ、叶神社の2社巡りには独特の物語性が生まれます。海を渡るという所作そのものが、西で起こした祈りを東へ運ぶ、特別なひと続きの参拝方法になっています。


東叶神社の背後には「明神山(みょうじんやま)」が控えています。叶明神が祀られていることに由来してそう呼ばれるようになったと伝わっていて、かつては下田山(しもだやま)、あるいは城山(しろやま)とも呼ばれていました。東叶神社はその土地や地形に独自の信仰の歴史が刻まれています。
西叶神社が叶神社の本宮であることに対して、東叶神社は若宮と呼ばれたとされています。江戸時代中期の元禄5年(1692年)に江戸幕府の行政施策により浦賀村が東西にわけられ、それぞれの集落で独自の信仰が形作られながらも、原点は通じていることが脈々と受け継がれています。

東叶神社の拝殿前には、子を抱き乳を飲ませる姿が珍しい子育て狛犬が安置されています。西叶神社の狛犬は2体とも口を開けた「阿形(あぎょう)」で、東叶神社の狛犬は2体とも口を閉じた「吽形(んぎょう)」で、東西あわせて阿吽を成すという説もあり、海を越えて完成する対の思想が、ここでも静かに息づいています。

東叶神社の御朱印は、中央に「叶神社」、右の「奉拝」、左に「参拝日付」の墨書き、中央に「神社印」、右下に「横須賀 東浦賀」、左下に「社務所印」の朱印がおされるデザインです。

「横須賀 東浦賀」の朱印に表記されている「横須賀」は現在の市名として広く知られる地名ですが、「東浦賀」は浦賀港の東側に広がる地地名で東叶神社の立地と歴史を示しています。江戸時代中期に浦賀村が東西にわかれて以降、集落で独自の信仰文化が芽生えるとともに、東西一体のルーツが根底に流れてきたことも想起させます。
バランスが整い美しく明快な東叶神社の御朱印から、地域で育まれてきた信仰の歴史と土地の輪郭が見えてくるかのようで、西叶神社でスタートした祈りが、東叶神社で御朱印を拝受することで結びを迎えることが形として表れているように感じました。
東叶神社では、ご紹介した基本の御朱印に加え、行事や季節にあわせた特別御朱印が授与されることもありますので、参拝の際にはどのような御朱印が授与されているかぜひチェックしてみてください。


西叶神社と東叶神社の2社を参拝し2種類の御朱印をいただく際には、御朱印帳の見開きページで拝受することがおすすめです。

西叶神社の御朱印には「相州浦賀町宮下」という古い地名があり、東叶神社の御朱印には「横須賀 東浦賀」という現在につながる地名が記載され、墨書きの引き締まった書体とのびやかな筆致の対比など、2体の御朱印が見開きで向き合うことで、東西の2社で捧げた祈りがひとつに束ねられると思います。
浦賀港の入江を挟んで向かい合う2社だからこそ、御朱印帳の見開きに並ぶ形がよく似合います。海を船で渡る移動そのものが祈りの導線となり、西叶神社で立ち上がった願いが東叶神社で静かに結ばれる流れをもっとも端的に伝えてくれるのが、見開きで拝受するこの御朱印だと思います。
また、西叶神社と東叶神社の2社を巡る際の人気の授与品として「叶守」があります。西叶神社で授かる勾玉を、東叶神社で授かる願い袋に納めると完成するお守りで、東西2社を巡る意味を授与品のかたちでも実感させてくれます。

東西2社を巡り終えたあとは、東叶神社社殿左の石段脇から山手へ進んだ先にある浦賀湊を望む隠れ家カフェ「サロン・アカンサス」に立ち寄るのが私のお気に入りです。木々の間から海をのぞむ静かな空間は、御朱印巡りの余韻をやさしく深めてくれます。御朱印を授かったばかりの御朱印帳を開き、東西2社を巡る物語をゆっくりとふり返ると、この浦賀の御朱印旅は美しく閉じていきます。

叶神社は、西叶神社と東叶神社の東西2社を巡ることでひとつの物語が完成します。東西2社で拝受する御朱印を読み解けば、それぞれの土地の歴史と信仰のかたちが見えてきます。西叶神社で祈りを起こし東叶神社で願いを結ぶ、浦賀の海を渡り祈りと願いをひとつに結ぶ特別な参拝と御朱印拝受をぜひ体験してみてください。
ライター:コトヒロサウ
御朱印・御朱印帳の魅力に魅せられて、機会を見つけては各地の寺社を巡っているフリーライター。御朱印だけでなく、境内の隠れた見どころや周辺のスポットなど、ふらりと御朱印帳を持って出かけたくなるような、寺社巡りの楽しさをお届けします。
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