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【御朱印情報】福島県「飯盛山」の「白虎隊」ゆかりの個性豊かな御朱印

福島県会津若松市にある「飯盛山」は市街を一望できる小高い山で、白虎隊自刃の地として知られ、多くの人が訪れます。その悲劇の物語を現代に伝える、白虎隊の個性豊かな複数種類の御朱印をいただくことができます。

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白虎隊を悼み多くの人が訪れる「飯盛山」

福島県会津若松市にある「飯盛山(いいもりやま)」は、会津若松市中心市街地から少し東側にあります。日本武尊(やまとたける)などの神話も残る、古くから会津の地を見守ってきた標高314mの小高い山です。
幕末の会津藩で武家男子で構成された「白虎隊」が、戊辰戦争の一環の会津戦争で敗色濃厚となって自刃した悲劇の地として知られる飯盛山は、多くの人が山頂にある「白虎隊十九士の墓」や「会津藩殉難烈婦の碑」に手を合わせに訪れます。
山頂までは石段が183段あります。途中にお土産や軽食を扱う売店「飯盛分店」があるので途中休憩できますが、その売店までも155段ありますので歩いて登るのはそれなりの体力が必要です。山頂で登り切った達成感を味わうのも気持ちがいいですが、足腰に自信のない人はスロープコンベアの利用もおすすめです。こちらは大人一人250円で利用できる「動く歩道」で、楽に山頂まで登ることができます。

飯盛山_石段
右側のスロープコンベアを横目に、183段の石段を登りきりました。

 

飯盛山中腹には「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」通称「さざえ堂」や、五穀豊穣の神である宇賀神をお祀りした「宇賀神堂」などがあります。
さざえ堂は平成8年(1996年)に国の重要文化財に指定された六角形の三層からなる高さ16.5mのお堂です。建立は寛永8年(1796年)で、世界でも珍しい建築様式が採用されています。中は二重構造のらせん階段になっていて、上りと下りが全く別の通路になっています。この一方通行のような構造は、たくさんの参拝者がすれ違うことなく安全にお参りができるように考えられたそうです。

さざえ堂_内部
さざえ堂の内部は、建物内をらせん状に上りながら頂上に向かい、一度通ったところは外に出るまで通らない構造になっています。

 

さざえ堂の隣にあるのが「宇賀神堂」という神社で、会津戦争で飯盛山で自刃した白虎隊19名を宇賀神と合わせて祀られていますので、飯盛山を訪れた観光客の多くはこちらにも参拝します。

 

 

悲劇の物語が残る白虎隊

幕末の会津藩には、玄武隊(げんぶたい)、青龍隊(せいりゅうたい)、朱雀隊(すざくたい)、白虎隊(びゃっこたい)の4つの部隊が年齢別で組織され、武家の男子が所属していました。予備兵としての位置づけであった白虎隊は一番若く、所属したのは16歳前後の少年です。

 

戊辰戦争の際の会津藩では、攻め入る新政府軍との間に激しい戦い「会津戦争」が起こっており、苦戦を強いられていました。そしてついに白虎隊にも出陣の命が下ります。激しい戦いののち、戦死者を出しながらも飯盛山へと落ちのびた白虎隊は、山から鶴ヶ城下が燃えているのを見て会津藩の負けを悟り、自ら命を絶ちました。城下の火事を鶴ヶ城が燃えていると思い、落城したと勘違いしたとの説もあります。
白虎隊の悲劇については生き残った飯沼貞吉によって伝えられました。飯盛山のふもとには「白虎隊記念館」や「白虎隊伝承史学館」があり、白虎隊の悲劇の物語を展示物などを通して伝えていますので、こちらにもぜひお立ち寄りください。

 

自刃した白虎隊士19名の墓石には、今もなお彼らを悼んだ多くの人が訪れており、お線香の煙が絶えることはありません。年2回春と秋には墓前慰霊祭も行われ、白虎隊の霊を慰める剣舞が奉納されています。

白虎隊自刃の地_慰霊碑
「白虎隊自刃の地」には慰霊碑があり、像が見ている方向に鶴ヶ城があります。
飯盛山_白虎隊19名の墓
白虎隊19名のお墓には、お供えの花やお線香が絶えることはありません。

 

飯盛山には自刃した白虎隊19名の墓以外にも、各地で戦死した白虎隊士や自発的に組織された女性だけの部隊「娘子軍(じょうしぐん)」の慰霊碑もあり、会津藩での戦いの激しさを物語っています。

 

 


 

 

個性豊かな白虎隊の御朱印

飯盛山は寺院や神社ではないのですが、複数種類の御朱印をいただくことができることで、御朱印巡り好きにはよく知られています。

 

ひとつめの御朱印は、飯盛山の長い石段を上る前のスロープコンベアのチケット売場のところでいただけます。
右上と中央には「参拝記念」の印が押され、「会津の華と名を残し」「忠烈 白虎隊」と書かれています。力強さのなかにどこか儚さを感じる、まさに白虎隊をイメージした御朱印だと思います。

飯盛山_御朱印_スロープコンベア入口拝受
スロープコンベア入口でいただける書き置きの御朱印。

 

ふたつめの御朱印は、石段の155段目にある代々飯盛山で白虎隊の墓守をされてきた人が営む売店「飯盛分店」でいただくことができます。
「会津白虎士魂ここに眠る」「忠烈 白虎隊」の文字がとても力強い御朱印です。飯盛分店の御朱印は、会津藩主であった松平容保が当時の白虎隊墓守に依頼したことに始まる歴史あるもので、白虎隊御朱印の中では一番古く、現在は書家でもある5代目白虎隊墓守以外は書き入れしないそうです。月替わりの限定御朱印などもありますので、訪れる際は墓守の不在情報なども合わせて公式情報をチェックしてみてください。

飯盛山_御朱印_飯盛分店
書家でもある墓守が書き入れてくださる力強く芸術的な飯盛分店の御朱印。

 

 

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みっつめの御朱印は、飯盛山中腹にある宇賀神堂の前にある「飯盛本店」の売店でいただけます。書置きの御朱印に日付を入れてくださいます。
御朱印の中央に押された印「白虎隊十九士霊神」は「宇賀神堂」に祀られている飯盛山で亡くなった白虎隊士19名を表しています。

飯盛山_御朱印_飯盛本店
印の文字やデザインが個性的な飯盛本店の御朱印。

 

 

福島県会津若松市にある飯盛山は、会津戦争での激しい戦いの末、多くの犠牲を出した歴史を現代に伝えています。白虎隊の悲劇の物語を表した個性豊かな複数種類の御朱印をいただくことができ、神社仏閣ではない場所でいただくことができる珍しい御朱印でもありますので、白虎隊を偲んで参拝した思い出として拝受してみてください。

 

 

 

 

ペンネーム:いーまみ
武士の漢気に魅了されたWebライター。趣味の史跡巡りで歴史を感じながら、御朱印をいただいています。日本史にゆかりのある神社仏閣の御朱印とそれにまつわる歴史を学ぶのが好きです。

 

 

 

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