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【御朱印情報】群馬県「光泉寺」の草津温泉開湯伝説が息づく「日本温泉三大薬師」の御朱印

群馬県草津町にある「光泉寺」は、奈良時代の高僧・行基による草津温泉開湯伝説が息づく「日本温泉三大薬師」の一つとされる古刹です。御本尊「薬師如来」の御朱印をはじめ、「遅咲如来」「五重塔」の御朱印など、それぞれ異なる歴史と信仰の重みが込められた4種の御朱印が授与されています。

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草津温泉開湯伝説が息づく「光泉寺」

群馬県草津町、日本三名泉の一つとして名高い「草津温泉(くさつおんせん)」のシンボルである「湯畑(ゆばたけ)」を見下ろす高台にある「光泉寺(こうせんじ)」は、真言宗豊山派の古刹です。

 

光泉寺の歴史は、奈良時代の養老5年(721年)まで遡ります。高僧・行基(ぎょうき)が草津を訪れた際、病に苦しむ人々のために祈祷を捧げたところ霊泉が湧き出したというのが草津温泉の始まりとされており、行基は自ら薬師如来像を彫り、その場所に堂を建てたのが光泉寺の起源と伝わっています。以来、約1,300年にわたり温泉と人々の健康を見守り続けてきました。
鎌倉時代初期の正治2年(1200年)には、当時の草津領主・湯本氏が白根神社(しらねじんじゃ)の別当寺として再建し、地域を統括する重要な役割を果たしました。

 

光泉寺の仁王門までの石段を登りきって振り返ると、草津温泉街が一望のもとに広がります。湯畑を中心に白い湯煙が立ち昇り、そのかたわらには木造の浴舎「御座之湯(ござのゆ)」の屋根が見えます。温泉の恵みで栄えてきた街の活気と、それを長年にわたり見守ってきた光泉寺の存在を、この眺めの中に実感することができます。

光泉寺_湯畑
もうもうと湯煙が舞い上がる湯畑のそのすぐそばから、光泉寺へと続く石段が始まります。
光泉寺_石段
光泉寺の境内へは急な石段を登ります(令和8年(2026年)3月現在、仁王門は修繕工事中でした)。
光泉寺_本堂
光泉寺には、草津温泉を訪れた観光客の姿も多く見られます。

 

 

「日本温泉三大薬師」に数えられる御本尊「薬師如来」の御朱印

光泉寺では、私が参拝した令和8年(2026年)3月現在、御本尊「薬師如来」の御朱印を基本に、「遅咲如来(おそざきにょらい)」と2種の「五重塔」の御朱印の計4種類の御朱印が授与されていました。本堂左手の寺務所にて、授与時間は午前9時から午後5時、志納料は各500円でした。

 

基本の御本尊「薬師如来」の御朱印は、中央に「梵字 薬師如来」、右に「奉拝」、左に「参拝日付」「草津山光泉寺」の墨書き、中央に「薬師如来を表す梵字」、右上に「日本三薬師」、左下に「草津山光泉寺」の朱印がおされるデザインです。私は書き置きタイプで拝受しましたが、4種類の御朱印の中でこの御朱印のみ御朱印帳に直書き対応が可能でした。

光泉寺_御朱印
繊細な書体の墨書きと「日本三薬師」の朱印が印象的な光泉寺の基本の御朱印です。

 

「日本三薬師」とは、温泉の守護仏として信仰される薬師如来を本尊とする「日本温泉三大薬師」のことを意味し、光泉寺はその一つに数えられていることを表しています。
※兵庫県・有馬温泉(ありまおんせん)の「温泉寺(おんせんじ)」を筆頭に、石川県・山代温泉(やましろおんせん)の「温泉寺(おんせんじ)」、石川県・山中温泉(やまなかおんせん)の「医王寺(いおうじ)」、愛媛県・道後温泉(どうごおんせん)の「石手寺(いしてじ)」、兵庫県・城崎温泉(きのさきおんせん)の「温泉寺(おんせんじ)」など複数の対象寺が存在し諸説あります。

 

病気平癒や健康長寿を司る薬師如来への信仰と、全国屈指の名湯として名高い草津温泉の約1300年にわたる温泉文化の歩みがこの1体に刻まれているといえるでしょう。

 

 

300年の時を経て証明された「遅咲如来」の御朱印

「遅咲如来」の御朱印は、背景に「釈迦堂(しゃかどう)」のシルエットが朱色で印刷され、中央に「梵字 遅咲如来」の墨書きが入り、それ以外の要素は基本の御朱印と共通のデザインです。

光泉寺_御朱印_遅咲如来
釈迦堂の美しいシルエットに珍しい名称の「遅咲如来」の墨書きが映える御朱印です。

 

「遅咲如来」とは、釈迦堂に安置されている「釈迦如来」のことを表しています。
この釈迦如来像は、江戸時代に東大寺大仏殿の再建に生涯を捧げた名僧・公慶上人(こうけいしょうにん)の作と伝えられてきましたが、長らく確証のないまま語り継がれてきました。しかし平成17年(2005年)の文献調査により、300年の時を経てその伝承が事実と証明されました。この経緯から「遅咲如来」と呼ばれるようになり、「これから一花咲かせたい」と願う人々が祈願に訪れるようになりました。

 

堂内は少し薄暗く、安置された釈迦如来の顔まではっきりと見えるわけではありませんが、かえって神秘的な雰囲気に感じ、静かな気配が満ちていることに気づきます。古い木の香りと、差し込むわずかな光の中で、仏様がそっとこちらを見守っているような、不思議な安心感を覚える空間のように思いました。

 

遅咲如来の御朱印は、新しい挑戦に一歩を踏み出そうとしている人へのエールとして、きっと深い意味を持ち続けるはずです。

光泉寺_釈迦堂
釈迦堂は、江戸時代中期の元禄15年(1702年)に、江戸の医師・外嶋玄賀宗静の夢に藁屋二間四面の堂に安置せよとの仏の告をうけ、光泉寺境内を理想の場として建立されました。

 

 

令和の新シンボル「五重塔」の御朱印

「五重塔」の御朱印は、五重塔が精緻に描かれたフルカラー版と、朱一色の版画風の2種類があり、「もっとも天に近い」という言葉が添えられるデザインです。

光泉寺_御朱印_五重塔_フルカラー
五重塔がフルカラーで鮮やかに描かれた御朱印は、実物とぜひ見比べてみてください。
光泉寺_御朱印_五重塔_版画風
同じ五重塔でも描かれる手法が変わると印象がかなり異なります。

 

光泉寺の五重塔は、令和5年(2023年)に完成したチタン葺きの屋根の現代建築物です。草津温泉街を見下ろす高台にそびえる五重塔は、光泉寺、また、草津温泉の新たなシンボルになりました。草津温泉は標高約1,200mの高原地帯に位置していて、この五重塔の塔内の標高は1,189.4mになるように設計され、薬師如来が祀られています。すなわち「いい薬師」という語呂合わせの地点に薬師如来が安置されるという、信仰と遊び心が融合したこだわりの造りになっています。

 

御朱印に記されている「もっとも天に近い」という言葉の通り、草津温泉を見下ろす高台からさらに天へと伸びる五重塔は、物理的にも精神的にも草津温泉でもっとも天に近い場所を象徴しているといえるでしょう。

 

 

 

 

草津温泉と深くつながる「湯善堂」「温泉観音」「夢の灯り」

光泉寺は、いくつもの見どころがありますので、境内をじっくりと散策してみてください。

 

「湯善堂(ゆぜんどう)」は、湯治の効験と旅の安全を願うために設けられたお堂です。草津温泉はかつて、全国から病を抱えた人々が長期滞在して湯治を行う「湯治場」として栄えた歴史があります。湯善堂はそうした人々の祈りを長年にわたって受け止めてきた場所であり、温泉と信仰が日常のなかで深く溶け合っていた時代の面影を今に伝えています。

 

また、「温泉観音(おんせんかんのん)」も祀られています。草津温泉の豊かな源泉と、湯治に訪れる人々の健康を見守るために建立されたもので、温泉地ならではの守護的存在として参拝者に親しまれています。病気平癒や健康長寿を願って手を合わせる人も多く、薬師如来信仰と温泉文化が結びついた光泉寺らしい見どころの一つです。

光泉寺_温泉観音
温泉観音は、慈愛に満ちた表情で、草津の源泉と湯治客の健康を静かに見守り続けています。

 

光泉寺では、「夢の灯り」というイベントが月に1度(主に土曜日)行われています。日没から午後9時頃まで、約1,200個のキャンドルが石段を彩り、昼間とは異なる幻想的な雰囲気の境内を楽しむことができます。草津温泉に宿泊する観光客にもとても人気の夜間イベントですので、もしタイミングがあえば、ぜひご覧になってみてください。

 

 

光泉寺は、約1,300年前の開湯伝説から続く草津温泉の守護寺として、温泉文化とその効能を求めて訪れる人たちを見守ってきた古刹です。4種類の御朱印には、それぞれに異なる歴史と意味が込められていて、光泉寺が草津温泉で重要な役割を果たしてきたことを象徴しています。草津温泉を訪れた際には、湯畑のそばから続く石段をのぼり、ぜひ光泉寺にも足を運んでみてください。

 

 

 

 

ライター:湯巡人(ゆめぐりびと)
テレビ番組制作に長年携わった経験を持つライター。「体の疲れは湯で癒し、心の澱は御朱印巡りで洗い流す」という旅のスタイルで、温泉地を中心に訪ね歩き、温泉ソムリエマスターとヘルスツーリズムアテンダントの資格も取得しました。土地の空気感や御朱印に宿る物語をともに味わえたら嬉しいです。

 

 

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