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【御朱印情報】茨城県「息栖神社」の「東國三社」と記される「先導の神」の御神徳を感じる御朱印

茨城県神栖市にある「息栖神社」は、東国開拓や航海安全の拠点として崇敬されてきた古社です。御朱印に記される「東國三社」の言葉には「先導の神」としての大きな御神徳が宿り、六角形の朱印は水晶製の皇族から下賜された印が使われていて、唯一無二の1体を拝受できます。

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国譲り神話に登場する「導きの神」を祀る「息栖神社」

茨城県神栖市、常陸利根川(ひたちとねがわ)のほとりにある「息栖神社(いきすじんじゃ)」は、古くは東国開拓や航海安全の拠点として崇敬され、現在も交通安全・厄除け・開運のご利益で知られる神社です。

息栖神社_二の鳥居
息栖神社の立派な社号標がたつ二の鳥居の周囲には木々が林立していて、古社の風格を感じました。
息栖神社_神門
二の鳥居の先にある鮮やかな朱塗りの神門は江戸時代から現存し、息栖神社境内随一の見どころです。

 

創建は第15代・応神天皇(おうじんてんのう)の御代(194年頃)と伝わり、2,000年以上の歴史を有するといわれています。飛鳥時代末期の大同2年(807年)に当時の右大臣・藤原内麻呂(ふじわらのうちまろ)の勅命により現在の地へ遷座したとされます。

 

主祭神は「久那斗神(くなどのかみ)」、相殿神に「天鳥船神(あめのとりふねのかみ)」と「住吉三神(すみよしさんじん)」が祀られています。
久那斗神は道の神・井戸の神として知られ、天鳥船神は交通守護の御霊格の高い神です。日本書紀の国譲り神話において、武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)と経津主大神(ふつぬしのおおかみ)が葦原中国(あしはらのなかつくに)の平定に遣わされた際、この二柱の武神を先導したのが久那斗神と天鳥船神であったことから、導きの神として信仰をあつめてきました。

 

現在の社殿は、昭和38年(1963年)に再建されたものです。落ち着いた木目調の拝殿には注連縄が掛かり、両脇には石灯籠が配されています。拝殿前に立つと古社ならではの凛とした空気が漂い、自然と手を合わせたくなるような気持ちになりました。

息栖神社_拝殿
息栖神社は、交通安全・厄除け・開運などのご利益を求める参拝者でいつもにぎわっています。

 

 

「東國三社」の墨書きと六角形の朱印が特徴の御朱印

息栖神社の御朱印は1種類で、神門をくぐって左側にある社務所にて授与されており、受付時間は9時から15時30分までです。
右側に大きく「東國三社(とうごくさんしゃ)」の墨書き、中央に「息栖神社」の角印、その下に六角形の朱印、左側に「参拝日」が記されるデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただき、初穂料は500円でした。

息栖神社_御朱印
ダイナミックな「東國三社」の墨書きと、繊細な水晶製の印の対比が印象的な息栖神社の御朱印です。

 

御朱印に大きく記された「東國三社」とは、茨城県鹿嶋市にある鹿島神宮(かとりじんぐう)、千葉県香取市にある香取神宮(かとりじんぐう)と息栖神社の3社の総称です。江戸時代には関東以北の人が伊勢神宮(いせじんぐう)に参拝した帰路にこの3社を巡る「下三宮巡り(しもささんぐうめぐり)」が、お伊勢参りの締めくくりとして人気を博しました。伊勢神宮まで行けない人がこの3社を巡ることでお伊勢参りと同様のご利益を得られるともされ、「関東のお伊勢参り」としても広く親しまれてきました。
※伊勢神宮に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。

 

【御朱印情報】三重県「伊勢神宮」の内宮と外宮でいただける伝統的な御朱印

 

【御朱印情報】三重県「伊勢神宮」の別宮5社でいただける伝統的な御朱印

 

3社の中で息栖神社は「先導の神」の役割があります。国譲り神話において武甕槌大神と経津主大神が葦原中国の平定に向かう際、久那斗神と天鳥船神がその道を切り拓いた伝説が由来です。鹿島神宮では、平安時代から続くとされ、現代でも12年に一度開催されている「御船祭(みふねまつり)」という神事があります。御祭神・武甕槌大神の御神霊を船に乗せ北浦を渡御する、かつて水運が重要だったこの地域の歴史を今に伝える祭で、豪華に飾られた御座船や供奉船が湖上を進む姿は壮観です。五穀豊穣や地域の安泰、航海安全を祈願する神事として受け継がれていますが、御船祭においては息栖神社の船が先導を務めることからも、息栖神社が地域において重要な役割を果たしてきたことやその御神徳の大きさがわかります。

 

角印の下に押される朱印には、上側に神紋の左三つ巴、下側に鳥居の柄が入っており、「参拝記念」の文字が刻まれています。
この印は、昭和5年(1930年)に三笠宮崇仁親王(みかさのみやたかひとしんのう)が息栖神社を参拝した際に、境内に「みや桜」をお手植えになり、その折に神社へ下賜された水晶製のものです。長らく大切に保管されていましたが、近年使用されるようになりました。皇族から直接下賜された印が御朱印に使われているということは、息栖神社の歴史の重みと格式を静かに物語っています。清浄な力を宿すとされる水晶の印が、道を守り導く神々の御朱印に使われることに必然性を感じます。

息栖神社_みや桜
社務所のそばには、現在も「みや桜」が受け継がれていて、大きく枝を広げるその堂々たる姿は、境内でひときわ存在感を放っています。

 

息栖神社の御朱印には、道を切り拓き神々を正しく導くという御神徳がこめられているかのようで、新たな旅や門出、人生の岐路における守護の力をいただけるように感じます。皇族から下賜された印が御朱印に使われることで、ありがたみが一層増し、参拝の思い出が心に深く刻まれました。

 

 

 

 

日本三霊泉「忍潮井」と水運拠点としての歴史

常陸利根川沿いにある息栖神社の一の鳥居の両脇には、「忍潮井(おしおい)」と呼ばれるふたつの井戸があります。この地域がまだ海に覆われていた時代から、海水を押しのけて清水が湧き続けていることから名付けられたといわれています。
伊勢国(いせのくに、現在の三重県)の「明星井(あけぼのい)」、山城国(やましろのくに、現在の京都府)の「直井(なおい)」と並び、「日本三霊泉」のひとつに数えられています。

息栖神社_一の鳥居
常陸利根川沿いに立つ一の鳥居の姿が、古くから水運の要衝として栄えたこの地域の歴史を物語っています。

 

ふたつの井戸にはそれぞれ「男瓶(おがめ)」「女瓶(めがめ)」と呼ばれる瓶が沈められており、女性が男瓶の水を、男性が女瓶の水を飲むと縁結びのご利益があるという言い伝えが残っています(現在は飲用不可)

息栖神社_忍潮井_男瓶
1,000年以上の歴史を持つといわれる霊泉には鳥居が立てられ、大切に受け継がれています。
息栖神社_忍潮井_女瓶
女瓶では、土器の形をした瓶の姿を水底にうっすらと見ることができました。

 

江戸時代には各地からの旅人が木下茶船(きおろしちゃぶね)と呼ばれる乗合船で息栖河岸を訪れ、年間約17,000人が息栖神社に参詣に訪れたと伝わっています。俳聖・松尾芭蕉(まつおばしょう)もこの地を訪れ、息栖神社にゆかりの句を詠んでいることから、息栖神社が長く聖地として信仰されてきたことがわかります。

 

息栖神社を訪れた際には、水運の重要拠点であった歴史を感じることができる神社周辺もじっくりと散策することをおすすめします。

 

 

息栖神社は、先導の神を祀り、2,000年以上の歴史を持つとされる古社です。皇族から下賜された水晶製の印がおされる唯一無二の御朱印には、道を切り拓き神々を導いてきた先導の神の御神徳と、清浄な力が宿っているように感じました。日本三霊泉「忍潮井」や江戸時代から現存する神門、強い生命力を感じるみや桜など、境内の見どころも豊富です。息栖神社を参拝の際には、境内をゆっくりと歩きながらその清らかな空気を全身で感じてみてください。

 

 

 

 

ライター:お松(Omatsu)
神社仏閣巡りと御朱印集めをライフワークとし、関東を中心に各地の寺社を訪問しています。御朱印の印や墨書きの意味、神仏の歴史や信仰を丁寧に紐解きながら、古来より受け継がれてきた祈りと寺社文化の奥深い魅力をわかりやすく伝えていきたいと思っています。参拝前の下調べと、現地でしか感じられない空気を大切にしています。

 

 

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