- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
埼玉県さいたま市岩槻区にある「久伊豆神社」は、城下町岩槻の総鎮守として信仰をあつめている神社です。高貴や繁栄を象徴する神社のシンボル「孔雀(救邪苦)」がいろいろな手法で描かれた多種多彩な御朱印が授与されています。
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埼玉県さいたま市岩槻区、元荒川や岩槻城址が近い地域にある「久伊豆神社(ひさいずじんじゃ)」は、岩槻城及び城下の総鎮守として地域であつい崇敬をあつめてきた神社です。
古墳時代の第29代・欽明天皇(きんめいてんのう)の御代(539~571年)に、埴輪の制作や陵墓の造営を行っていた出雲国(いずものくに、現在の島根県東部)の出身であった土師氏(はじうじ)が岩槻に住みつき、開拓の神である大己貴神(おおなむちのみこと)を出雲大社(いずもたいしゃ)より勧請し、創建したのが久伊豆神社の創始とされています。
※出雲大社に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】島根県「出雲大社」の伝統的なデザインの御朱印4種
平安時代中期以降、武蔵国(むさしのくに、現在の埼玉県・東京都・神奈川県の一部)を中心に勢力を誇った武士集団・地侍の「武蔵七党(むさししちとう)」の中の野与党(のよとう)と私市党(きさいとう)が久伊豆神社をあつく崇敬し、勢力下にあった元荒川流域(現在のさいたま市岩槻区・鴻巣市・加須市など)に久伊豆信仰が広まり、50以上の久伊豆神社が創建されました。総本社は、明治時代以前は「久伊豆大明神」と呼ばれていた現在の加須市に所在する玉敷神社(たましきじんじゃ)とされています。
戦国時代には、江戸城を築いたことで有名な武将・太田道灌(おおたどうかん)がこの地域に岩槻城を築城し、久伊豆神社が城の天門(乾・北西の方角)にあたる場所に鎮座していたことから城内の総鎮守として社殿を再建し、以後も城下も含めた岩槻総鎮守として崇敬をあつめました。
江戸時代に入ると、久伊豆神社は江戸の鬼門除けとして歴代藩主の庇護を受け、江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)も祈願を行ったと伝わり、信仰の範囲がさらに広がっていきました。
現在では、縁結び、子授・安産にご利益がある神社としてたくさんの参拝者が訪れています。
周辺地域にたくさんある久伊豆神社と名の付く神社と区別するため、「岩槻久伊豆神社」「明神さま」などとも呼ばれ、地域で親しまれています。


久伊豆神社では、私が参拝した令和8年(2026年)7月には、基本の御朱印をはじめ、末社の御朱印や限定のアート御朱印など多種多彩な御朱印が授与されていました。
基本の御朱印は、右上に「奉拝」、中央に「久伊豆神社」、左側に「参拝日」の墨書き、右下に「涼鈴詣(すずもうで)と風鈴」、中央上に「武州岩槻総鎮守(ぶしゅういわつきそうちんじゅ)」、中央に「久伊豆神社印」、中央下に「羽を広げた孔雀」の朱印・スタンプがおされるデザインで、久伊豆神社現地で購入した御朱印帳に直書きしていただき、初穂料は500円でした。

久伊豆神社の御祭神は、大己貴命、別名・大国主命(おおくにぬしのみこと)です。日本国を拓き、造り治め、人々が生活する上で必要な文化や技術を授けた、様々な御神徳を兼ね備えた神様とされています。
久伊豆神社では、現在は縁結びの神様として祀られています。この「縁」とは男女間だけでなく、友人、職場、社会など自分に関わりのある全ての事柄を結ぶことで、大己貴命が私たちを常に見守り、目に見えないご縁を結んでくれるといわれています。
御朱印の要素の中でも極めて印象深い「孔雀」は、久伊豆神社のシンボル的な存在です。
昭和13年(1938年)に、旧皇族の朝香宮鳩彦(あさかのみややすひこ)殿下より3羽の孔雀が久伊豆神社に下賜され、現在ではその末裔が20羽近く飼育されています。孔雀はその艶やかな姿から高貴や繁栄の象徴として、また害虫を食すことから災いを取り除く益鳥として人々から愛されており、久伊豆神社では孔雀に「救邪苦」の漢字を当てて、その力を御朱印・御守などの授与品にも込めています。

久伊豆神社の御朱印を拝受することで、全ての事柄に良きご縁を結んでいただける大己貴命と邪苦から救う益鳥・孔雀の大きなご利益をいただけたように感じました。

多種多彩なアート御朱印の中から、今回私は「夏の夜空と蓮の花切絵御朱印」を拝受しました。
右上に「奉拝」、中央に「久伊豆神社」、左に「参拝日」の墨書き、右上に「武州岩槻総鎮守」、中央に「久伊豆神社印」の朱印がおされ、背景は北斗七星が輝く夏の夜空、切絵部分は蓮の花に囲まれた孔雀が羽を広げて休んでいるデザインで、初穂料は1,500円でした。

久伊豆神社に朝香宮鳩彦殿下より孔雀が下賜されたのが3月9日で、毎月9日を「孔雀の日」として1日限定で月替わりの切絵御朱印が授与されていましたが、令和8年3月から1日限定ではなく常時授与になり、2ヶ月に1回デザインが変わるようになりました。
また、久伊豆神社では、切絵作家を講師に招いて切絵御朱印を作る「御朱印ワークショップ」が年に数回開催されています。このほかにも、四季限定御朱印や刺繍御朱印など、多種多彩なアート御朱印が授与されていますので、参拝の際にはどのような御朱印が授与されているかチェックして、お気に入りの1体を見つけてみてください。

久伊豆神社には複数の末社があり、そのうち「水天宮(すいてんぐう)」の御朱印も授与されていましたので拝受しました。
右に「奉拝」、中央に「水天宮」、左側に「参拝日」の墨書き、中央上部に水天宮御神紋「椿紋」、中央に「さいたま水天宮」、左下に「久伊豆神社境内鎮座」の朱印がおされるデザインで、初穂料は500円でした。

水天宮は、令和3年(2021年)に福岡県久留米市にある「全国総本宮水天宮(ぜんこくそうほんぐうすいてんぐう)」からの分霊で建立されました。
水天宮には、平安時代末期に平家(へいけ)が滅亡した壇ノ浦の戦い(だんのうらのたたかい)で入水自殺した第81代・安徳天皇(あんとくてんのう)、建礼門院(けんれいもんいん、俗名:平徳子(たいらののりこ)、平清盛(たいらのきよもり)の娘)、二位の尼(にいのあま、俗名・平時子(たいらのときこ)、平清盛の妻)が祀られ、幕末以降に日本神話における創造神である天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)も合祀されました。水の神、子供の守護神、安産、子授の神様として信仰されています。
久伊豆神社では、御祭神・大己貴命の安産の御神徳と、水天宮の安産のご利益を合わせた「ひさいづの安産祈願」が行われていますので、これから出産を控える人はぜひ訪れてみていただきたいです。安産祈願を受けた後には、2社の御朱印をあわせて拝受することをおすすめします。

久伊豆神社には、水天宮をはじめとした数社の末社がありますが、その中でも有名なのが「北野天満宮(きたのてんまんぐう)」です。
天満宮には学問の神として信仰されている菅原道真(すがわらのみちざね)が祀られ、京都府京都市にある北野天満宮(きたのてんまんぐう)が総本社であり、久伊豆神社の北野天満宮は分社にあたります。
※北野天満宮および全国の有名な天満宮に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】京都府「北野天満宮」の菅原道真ゆかりの多彩な御朱印
【御朱印情報】全国の有名な「天満宮(天神)」でいただける御朱印情報まとめ

「久伊豆」は「くいず」と読めることから、昭和62年(1987年)に放映されたテレビ番組「第11回アメリカ横断ウルトラクイズ」の国内2次予選会場に選ばれました。北野天満宮が学問の神であることも関係して、現在でもクイズ番組参加者や関係者などが参拝する神社としても知られています。
久伊豆神社は、約1500年もの歴史があり、地元・岩槻はもとより、江戸全体を守護してきた由緒正しき神社です。御朱印には、様々な縁を結ぶ大己貴命と邪や苦から救う孔雀の強大な御神徳が込められているように感じました。芸術性の高い多種多彩な御朱印が授与されていることも久伊豆神社の魅力のひとつですので、お気に入りの1体を見つけにぜひ訪れてみてください。
ライター:民蔵
埼玉県在住、歴史関係が好きで古銭の収集や神社仏閣・城郭・博物館などの見学をライフワークにしています。寺社を見学するついでにと思って御朱印をいただき始めましたが、御朱印に記載された内容の意味がわかってくるともっと知りたくなりました。御朱印に込められた思いを、現地の空気感も含めてご紹介できればと思っています。
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兵庫県高砂市にある「鹿嶋神社」は、播磨国の中心地で重要な役割を果たしてきた古社です。御祭神の武神「武甕槌命」「経津主命」の力強い御神徳と神仏習合の信仰の歴史が込められている御朱印には、御祭神と関係が深い鹿や季節を表現したスタンプがおされ、オリジナリティあふれる1体を拝受することができます。
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北海道苫小牧市にある「樽前山神社」は、苫小牧総鎮守として地域で重要な役割を果たしてきた神社です。明治天皇勅命による創建である由緒や、皇室との関係の深さを示す「十六菊に三つ巴」の朱印がおされる御朱印が授与されています。
岡山県総社市にある「備中国総社宮」は、古代より地域の中核的な役割を果たし、地名の由来にもなっている神社です。その長い歴史を象徴するかのような旧字体で記される朱印・墨書きが美しい伝統的なデザインの御朱印を、特別な御朱印帳「千年帳」に書き入れていただきました。