- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
長崎県長崎市にある「鎮西大社諏訪神社」は、「おすわさん」の愛称で親しまれる長崎の総氏神です。長崎の秋の風物詩として有名な例大祭「長崎くんち」を知らしめる基本の御朱印のほか、街中が祭りの熱気に包まれる祭開催時期には記念の限定御朱印も授与されています。
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長崎県長崎市、長崎駅からほど近い高台にある「鎮西大社諏訪神社(ちんぜいたいしゃすわじんじゃ)」は、長崎の総氏神として古くから信仰をあつめてきた神社です。厄除けや縁結び、海上安全のご利益があるとされ、地元の人々からは「おすわさん」の愛称で親しまれています。

諏訪神社の起源は、戦国時代の弘治年間(1555〜57年)に信濃(しなの、現在の長野県)の諏訪社から御霊分けされ、祀られたことにさかのぼると伝わっています。この名残として、最初に諏訪神社が鎮座していた周辺は、現在も「諏訪町(すわのまち)」と呼ばれています。
※長野県・諏訪大社に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】長野県「諏訪大社」の四社巡りと「信濃國一之宮」の御朱印4種
戦国時代には長崎がイエズス会の教会領となり、他教が排斥されて寺社が破壊される時期がありました。その後、江戸時代初期の寛永2年(1625年)に、かつて長崎市内に祀られていた「諏訪神社」「森崎神社」「住吉神社」の3社を初代宮司の青木賢清(あおきけんせい)が再興し、長崎の産土神として祀ったことが、現在の諏訪神社のはじまりとされています。
慶安元年(1648年)には、徳川幕府から神社の土地を与えられて、現在地に荘厳な社殿が造営されました。安政4年(1857年)の火災で社殿の大半を焼失しましたが、明治2年(1869年)に社殿が再建されました。その後も御鎮座の周年祭を機に2度の造営が行われ、現在の社殿が完成しました。

諏訪神社では、基本の御朱印のほか、季節や行事によって複数種類の御朱印が授与されています。
基本の御朱印は、「奉拝」「鎮西大社諏訪神社」「参拝日」の墨書きに、「長崎くんち」「諏訪神社」の朱印と、合祀されている3社の御神紋がおされるデザインです。持参した御朱印帳に社務所で直書きしていただき、初穂料は500円でした。

社号に使われている「鎮西」とは、奈良時代から鎌倉時代の頃に九州一帯を指した呼び名で、諏訪神社が九州の広域にわたって信仰をあつめ、重要な役割を果たしてきたことを表しています。
「長崎くんち」は諏訪神社の例大祭のことで、毎年10月7日から9日までの3日間にわたり長崎の街をあげて執り行われ、街全体が祭りの熱気に包まれます。
長崎くんちの起源は江戸時代初期の寛永11年(1634年)にさかのぼるとされ、当時の太夫町(たゆうまち)にいた遊女・高尾と音羽が、諏訪神社の神前で謡曲の「小舞(こまい)」を奉納したことが始まりだと伝わっています。ちょうどこの頃、長崎では出島の築造が始まり、眼鏡橋が架けられるなど、港町としての景観が整えられていった時期でもありました。
その後、長崎奉行の後押しもあって祭礼は次第に盛大になり、奉納される踊りには異国情緒を感じさせる演目が多く取り入れられていきます。豪華絢爛な祭りとして名を広めた背景には、海外との交流を続けてきた長崎ならではの文化が息づいているといえるでしょう。
なお「くんち」という呼び名については、旧暦9月9日の重陽を祝う中国の風習が伝わり、「九日(くにち)」を「くんち」と読んだことが祭礼日の呼称になった、という説が一般的とされています。
祭りの柱となるのが、諏訪・住吉・森崎の三基の御神輿が諏訪神社から御旅所へ渡御する7日の神幸(お下り)と、御旅所から諏訪神社へ戻る9日の還幸(お上り)、そして3日間毎日奉納される奉納踊(ほうのうおどり)です。
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奉納踊は、当番の町である踊町(おどりちょう)が、傘鉾(かさぼこ)を先頭に、本踊や多彩な出しものを連ねて市中を巡り、諏訪神社や、長崎港に近い御旅所をはじめ複数の踊場で上演されます。龍踊(じゃおどり)・唐人船(とうじんぶね)・阿蘭陀万歳(おらんだまんざい)など、長崎らしい国際色を感じさせる演目が伝承されてきたことも、くんちの大きな魅力とされています。会場が盛り上がると、観客から「もってこーい!」の掛け声が飛ぶのも、くんちならではの風景です。これは「もう一度!」という意味合いで、演じ手と観る側が熱気を共有する合図のようなものです。
現在、踊町は長崎市内に58ヶ町あり、7つの組に分かれています。奉納踊の当番は7年に一度めぐってくる仕組みで、踊町は長い準備期間をかけて本番に臨みます。稽古初めの日にあたる、6月の「小屋入り」から準備が始まり、10月初旬には、衣装や道具などを披露する「庭見世(にわみせ)」や、稽古が仕上がり準備が整ったことを町内数ヶ所で披露する「人数揃い(にいぞろい)」など、祭礼へ向けて町が少しずつ熱を帯びていく過程も、長崎の秋の風物詩です。
この奉納踊は、内容がきわめて多彩で長崎独特の文化的伝統を伝えるものとして、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
長崎くんちが執り行われる10月には、奉納踊の数々が描かれた限定御朱印も授与されています。お祭りに合わせて参拝し、特別な一枚をいただいてみてはいかがでしょうか。
※くんちが有名な佐賀県・唐津神社に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】佐賀県「唐津神社」の「唐津くんち」の様子がモチーフの限定御朱印
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諏訪神社の境内には、個性豊かな狛犬が点在しており、神社が公式に「狛犬散歩道」として紹介しています。参拝の合間に「狛犬めぐり」を楽しめるのも、諏訪神社ならではの魅力です。
私が諏訪神社を訪れた際には、諏訪神社の拝殿に向かう前にもろもろの罪や汚れを払い清めてくださる「祓戸神社(はらへどじんじゃ)」へお参りし、鳥居の先で立ち狛犬(左)・逆立ち狛犬(右)が迎えてくれました。

諏訪神社の拝殿での参拝のあとは、境内のあちこちにたたずむ狛犬を探しながら歩いてみました。境内図を参考に狛犬を巡っていくと、自然に境内を一周する「散策コース」になっています。狛犬ごとに願いのテーマや作法が異なっていて、楽しみながら狛犬散歩ができました。


鎮西大社諏訪神社は、長崎の総氏神として古くから信仰をあつめ、地元では「おすわさん」の愛称で親しまれてきた神社です。例大祭「長崎くんち」は、奉納踊をはじめとする華やかな行事で長崎の街を彩ります。御朱印におされた「長崎くんち」の朱印は、諏訪神社の神事が長崎の歴史・文化として長く受け継がれていることを思い出させてくれます。参拝の折には、くんちが育んできた長崎の歴史に触れることができる御朱印を、ぜひいただいてみてください。
ライター:nakamuraya
旅好きな観光ガイド・WEBライター。書くことと話すこと、両方の言葉の力で、日本の魅力を国内外の人々に伝える活動をしています。初めての一人旅で京都を訪れて以来、神社仏閣に興味を持ち、御朱印の奥深さにも惹かれました。日本の歴史や文化に深く関心を抱き、伝統や美しさを巡る旅を楽しんでいます。
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北海道函館市にある「船魂神社」は、平安時代後期創建の北海道最古の神社といわれています。長く深い歴史を誇る「北海道最古」の印がおされる、墨書きが力強い特徴的な御朱印をいただけるほか、切り絵御朱印など芸術性の高い限定御朱印も授与されています。
香川県善通寺市にある「善通寺」は、真言宗の開祖である「弘法大師空海」が生まれた地にある寺院で、「弘法大師三大霊跡」のひとつです。真言宗十八本山巡礼のスタートの1番札所にもなっていて、弘法大師信仰の核心「同行二人」の言葉が入った弘法大師の御朱印をいただくことができます。
北海道苫小牧市にある「樽前山神社」は、苫小牧総鎮守として地域で重要な役割を果たしてきた神社です。明治天皇勅命による創建である由緒や、皇室との関係の深さを示す「十六菊に三つ巴」の朱印がおされる御朱印が授与されています。
香川県善通寺市にある「讃岐宮(さぬきのみや)」は、香川県出身の戦没者を祀る香川縣護國神社と隣接する神社の総称です。直書きと書き置き合わせて5種類の御朱印があり、「さぬき十五社」の讃岐宮の御朱印と、隣接する乃木神社の御朱印を、オーダーメイドの特別な御朱印帳「千年帳」に書き入れていただきました。