- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
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愛媛県松山市にある「宝厳寺」は、松山市内で唯一の時宗の寺院です。時宗の開祖である「一遍上人」の生誕地であることと、時宗の重要な教えである「南無阿弥陀仏」が記される基本の御朱印のほか、季節の境内の様子と一遍上人の姿が描かれた季節限定の御朱印が授与されています。
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愛媛県松山市、日本最古級の温泉として知られる「道後温泉(どうごおんせん)」の温泉街の高台にある「宝厳寺(ほうごんじ)」は、正式には「豊国山遍照院奥谷道場宝厳寺(ほうこくさんへんじょういんおくたにどうじょうほうごんじ)」と称する、松山市内では唯一の時宗(じしゅう)の寺院です。
宝厳寺は、飛鳥時代の天智4年(665年)に、第37代・斉明天皇(さいめいてんのう)の勅願により、当時のこの地域の国司・越智守興(おちもりおき)が創建したと伝わっています。創建時は法相宗(ほっそうしゅう)の寺院でしたが、平安時代に天台宗に改宗されました。
鎌倉時代の正応5年(1292年)に、時宗の開祖・一遍上人(いっぺんしょうにん)の法弟・仙阿(せんあ)によって時宗に改宗され再興されました。開山堂、奥之院、本堂、毘沙門堂、地蔵堂、観音堂、鎮守社、庫裡、楼門、総門などの建造物に加え、門前には12院の塔頭が並ぶほどの大きな規模の寺院へと発展していきます。
近代において、平成25 年 (2013年)に火災が起こり、本堂や庫裡が全焼してしまいますが、檀家をはじめとした多数の寄進により、平成28年(2016年)に再建されました。
道後温泉の温泉街を高台から見守る寺院として信仰をあつめ、観光客が散策する際の歴史スポットとしても人気になっています。


宝厳寺では、基本の御朱印に加え、桜や銀杏など季節の境内の様子を表現した季節限定の御朱印が授与されています。
基本の御朱印は、右側に「奉拝」「参拝日」、中央に「南無阿弥陀仏」「道後 寶厳寺」の墨書きと、「斉明天皇勅願所」「時宗開祖一遍上人御誕生舊跡」「伊予 道後 寶厳寺」の朱印がおされるデザインです。

「時宗開祖一遍上人御誕生舊跡」の「舊跡(きゅうせき)」とは常用漢字では「旧跡」と表記され、あることにゆかりのある跡地を意味し、宝厳寺は時宗の開祖である一遍上人の生誕の地であることを表しています。
一遍上人は、鎌倉時代の延応元年(1239年)に伊予国(いよのくに、現在の愛媛県)の豪族であった河野家の次男として、現在の宝厳寺がある地で生まれたと伝わっています。10歳で母親を亡くした後に、父親の命により、仏門に入り、建治2年(1276年)から全国を行脚して、念仏を唱えながら踊る「踊り念仏」や、南無阿弥陀仏と書かれた念仏札を配るなどの布教活動をはじめました。この活動がのちに成立する時宗のルーツとされていて、一遍上人は時宗の開祖とされています。
時宗とは浄土教の一宗派であり、阿弥陀仏の救いを信じ、南無阿弥陀仏の念仏を唱えれば、誰もが極楽浄土へ行くことができ、現世での心の平穏にも繋がるという教えが重視されています。宝厳寺の御朱印の中央に南無阿弥陀仏と記載されるのも、時宗の教えを象徴しているといえます。
宝厳寺では、室町時代の文明7年(1475年)に作られた木造一遍上人立像が大切に受け継がれ、明治34年(1901年)には国宝(現在の国の重要文化財)に指定されるほどの貴重な文化財でもありましたが、平成の火災により残念ながら焼失してしまいました。ただし、一遍上人の生誕地としてその教えは脈々と引き継がれ、現代においても道後地域の信仰の礎になっています。
また、「斉明天皇勅願所」の表記には、松山の地における斉明天皇にまつわる逸話が関係しています。
斉明7年(661年)に、古代の朝鮮半島の百済(くだら)の救援のために、斉明天皇が軍船団を率いて瀬戸内海を航行した際に、道後地域に行幸し、宝厳寺の近くにある「金剛の滝」で沐浴で心身を清める「斎戒沐浴(さいかいもくよく)」や戦勝祈願をしたという伝承がのこっています。このことが、斉明天皇の勅願により宝厳寺が創建されることにつながったと考えらえています。
宝厳寺の御朱印には、この地が時宗の開祖である一遍上人が誕生した聖地であることや、南無阿弥陀仏の教え、斉明天皇ゆかりの由緒正しき歴史をもつことが凝縮されているといえるでしょう。

宝厳寺では、桜や銀杏など季節の境内の様子と一遍上人の姿が描かれた見開きタイプの季節限定御朱印も授与されていますので、参拝の際にはどのようなデザインの御朱印が授与されているかぜひチェックしてみてください。
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宝厳寺の本堂の右手には、一遍上人が詠んだ句の碑があります。

「身越数つるす徒累心越寿轉川連半於裳日なき世耳すみ曽めの袖(みをすつるすつるこころをすてつればおもひなきよにすみぞめのそで)」という句で、「身を捨て、心も捨てた上で、さらに捨てることにとらわれた心までも捨ててしまうと、なんの迷いがない悟りの世界にいる私の墨染めの衣の袖も清らかである」という意味です。
衣食住や財産、家族などのすべてを捨て、ひたすら念仏のみに生きたことから、「捨聖(すてひじり)」と呼ばれた一遍上人の思想を象徴しています。
松山市は、明治時代に活躍した文人・正岡子規(まさおかしき)をはじめ、著名な俳人を輩出し、ゆかりの深い俳人も数多いことから、「文学のまち・俳句の里」と呼ばれていて、現代においても文学や俳句に関する活動が盛んです。
宝厳寺の境内にも、正岡子規、斎藤茂吉(さいとうもきち)、坂村真民(さかむらしんみん)などの8基の文学碑もありますので、参拝の際にはぜひ注目してみてください。
宝厳寺は、時宗の開祖・一遍上人誕生地にある寺院として、時宗の教えを現代に大切に受け継いでいます。御朱印には、宝厳寺が歩んできた歴史や、阿弥陀仏の救いを信じる祈りの心が凝縮されています。道後温泉エリアの信仰・歴史を体感するのにおすすめの寺院ですので、ぜひ立ち寄ってみてください。
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ライター:neko
学芸員の資格を持つWebライター。九州を中心に全国の寺社仏閣に出掛け、御朱印を集めるのが趣味です。今までにいただいた御朱印は、御朱印帳5冊ほどになりました。
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