- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
香川県善通寺市にある「出釈迦寺」は、四国八十八ヶ所霊場73番札所になっている真言宗御室派の寺院です。弘法大師空海が仏の道を志した原点ともいえる「捨身ヶ嶽伝説」がのこる聖地で、四国八十八ヶ所霊場の伝統的な納経のほか、七福神霊場の恵比寿神の御朱印、切り絵御朱印や季節に合わせた見開き御朱印など、多彩な御朱印が授与されています。
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目次
「出釈迦寺(しゅっしゃかじ)」は、真言宗の開祖・弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)が生まれた地域である現在の香川県善通寺市の我拝師山(がはいしざん)の麓にある寺院です。四国八十八ヶ所霊場73番札所として知られ、正式名称は「我拜師山求聞持院出釈迦寺(がはいしざんぐもんじいんしゅっしゃかじ)」といい、真言宗御室派に属しています。
※真言宗御室派の総本山である仁和寺に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】京都府「仁和寺」の歴史と信仰を感じる「旧御室御所」と「御室弘法大師」の御朱印
出釈迦寺には空海が7歳のときの伝説がのこっています。
空海は、当時は「倭斬濃山(わしのやま)」と呼ばれていた我拝師山に登り、「私は仏門に入って多く人と衆生を救いたい。この願いが叶うのなら、釈迦如来様、どうかお姿を現してください。願いが叶わないのならば、私の命はこのまま仏に捧げましょう。」と願い、山の断崖から谷へ飛び降りたところ、落下する空海を天女が抱きとめ、釈迦如来が現れたため、その願いは成就したといいます。
空海が成人した後、思い出のあるこの山にもう一度登ったところ、釈迦如来が現われたことから「我拝師山」と名づけたそうです。そのときに出釈迦寺を建立し、釈迦如来の尊像を刻んで本尊としたといわれ、1200年以上の歴史があると考えらています。

出釈迦寺では御本尊・釈迦如来の御朱印をいただくことができ、この御朱印が四国八十八ヶ所霊場73番札所の納経(のうきょう)にもなっています。
四国八十八ヶ所霊場巡礼のような特定の寺院を巡拝するときに、参拝した証として御朱印を拝受することを、参拝時にお経を納めることから「納経」と呼び、御朱印を拝受する場所は「納経所」と表記され、霊場巡礼専用の御朱印帳は「納経帳(のうきょうちょう)」と名付けられています。
出釈迦寺の納経は、朱印は右に札所の番号である「第七十三番」、中央には蓮華座に釈迦如来を表す梵字「バク」、左下にお寺の正式名称である「我拝師山求聞持院出釈迦寺」がおされ、墨書きは左に「奉納」、中央に釈迦如来を表す梵字「バク」と「釈迦如来」、左下に「出釈迦寺」と書き入れられるデザインです。

写真の納経の左上の青いスタンプは、令和5年(2023年)が弘法大師空海生誕1250年にあたり、記念事業開催中におされていたもので、現在の納経にはおされません。
また、写真の御朱印は3種の朱印がそれぞれ2つずつおされていますが、霊場巡礼で複数回巡拝した場合は、墨書きは1回目のみ書き入れられ、2回目以降は朱印のみを複数回重ねていく「重ね印」をするのが一般的で、写真の御朱印の場合は2回目の巡拝を意味します。
弘法大師空海ゆかりの四国八十八ヶ所霊場巡礼において、弘法大師空海の幼少期の伝説がのこる釈迦如来とご縁を結ぶことができたありがたみが詰まった特別な納経です。
※四国八十八ヶ所霊場1番札所霊山寺に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】四国八十八ヶ所霊場1番札所「霊山寺」のお遍路スタートの御朱印
出釈迦寺は、善通寺市周辺にある四国八十八ヶ所霊場のうち7寺院で構成された七福神霊場「七ヶ所まいり」における恵比寿神(えびすがみ)を祀っています。七福神霊場専用の納経帳や一般的な御朱印帳に書入れしていただけるほか、季節のモチーフが描かれた書置き御朱印も用意されています。
私が令和6年(2024年)に参拝した際にいただいた書置き御朱印は「夏」の御朱印で、青空に映える入道雲と鮮やかなヒマワリの花が描かれ、さわやかなブルーで文字が書き入れられた特別デザインでした。朱印は右上に「七ヶ所まいり七福神」、中央に恵比寿神の別名である「蛭子尊(えびすそん)」がおされ、墨書きは右側に「奉納」、中央に「恵比寿尊」、左に「出釈迦寺」と書き入れられていました。

出釈迦寺は、四国八十八ヶ所霊場の寺院の中では特に特別御朱印を授与する機会・種類が多く、お正月や紫陽花の季節など、年に数回限定御朱印が登場します。
私が参拝した弘法大師空海生誕1250年記念の年には、我拝師山の捨身ヶ嶽(しゃしんがたけ)における空海の伝説をモチーフにした釈迦如来の切り絵御朱印が授与されていました。
崖から飛び降りた幼い空海を救うために姿を現した釈迦如来と天女が美しい切り絵で表現された御朱印で、文字は中央に弘法大師空海の幼名である「真魚(まお)さま」、左に「捨身ヶ嶽」「出釈迦寺」と書かれ、朱印は中央に寺紋である「三羽雀(さんばすずめ)」の印、左下に「我拜師山求聞持院出釈迦寺」がおされるデザインでした。

我拝師山は標高481mの山で、四国百名山のひとつに選ばれています。
昔の出釈迦寺は我拝師山の標高380m地点にありましたが、大正時代に現在地の山の麓に移ったそうです。弘法大師空海の伝説が残る「捨身ヶ嶽禅定(しゃしんがたけぜんじょう)」は出釈迦寺の奥の院となっていて、現在も山に登って参拝することができますが、道が険しく途中には鎖場もあるため、麓の出釈迦寺の安全な境内から遥拝(ようはい、離れた場所から神仏を拝むこと)できるようになっています。

出釈迦寺は、四国八十八ヶ所霊場73番札所として有名で、弘法大師空海幼少期の捨身ヶ嶽伝説が残る我拝師山の麓にあり、1200年以上の歴史があると伝わっています。空海が生まれた善通寺周辺の寺院で構成される「七ヶ所まいり七福神」の札所にもなっていて、季節ごとの特別御朱印など多彩な御朱印が授与されていますので、四国八十八ヶ所霊場巡礼や香川県での御朱印巡りで訪れた際には、どのような御朱印が授与されているかチェックして、お気に入りの御朱印を見つけてみてください。
※近隣にある弘法大師空海の生誕地である善通寺に関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】香川県「善通寺」の真言宗十八本山1番札所の御朱印
※出釈迦寺に関して、以下リンクの四国遍路情報サイト「四国遍路」の記事でも詳しく紹介されていますので、こちらもぜひご覧ください。
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【73番札所出釈迦寺】堂々と並ぶ豪華な本堂・大師堂と秘仏について
ライター:kanakana
神社仏閣・御朱印ブロガー。徳島県を中心に四国や淡路島で神社仏閣巡りを楽しむ御朱印ガールで、年間300体以上の御朱印を拝受しています。御朱印を通じて神社仏閣の魅力をご紹介します。
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