
- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
山口県防府市にある「阿弥陀寺」は、鎌倉時代に奈良・東大寺大仏殿を再建した時に大きな役割を果たしました。「西のアジサイ寺」として多くの人が訪れる阿弥陀寺の由来、果たした役割、そして歴史を物語る2種類の御朱印をご紹介します。
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山口県防府市にある「阿弥陀寺(あみだじ)」は、文治3年(1187年)に奈良・東大寺再建の大勧進職(だいかんじんしき)に任命された重源上人(ちょうげんしょうにん)が自ら荒地を開いて、後白河法皇の現世安穏祈願のために建立されました。大勧進職とは、伽藍堂宇の造営修理にあたる最高責任者の役職名です。
阿弥陀寺の代々の住職には東大寺の大勧進職の上人が任命され、広大な敷地に多くの僧坊のたつ寺院へと発展していきます。
当時、東大寺の再建のために大量の木材が必要でした。重源上人は、木材を徳地(山口県山口市)の奥深い山から切り出し奈良へと送ったのです。阿弥陀寺のある防府市は、切り出した木材を筏にして流した佐波川の下流にあたり、瀬戸内海に面しています。阿弥陀寺のすぐ近くには、周防国(すおうのくに)の国府が置かれていた「国衙(こくが)」があり、重源上人も国司として赴任をしていました。阿弥陀寺は東大寺再建のために、各地に設けられた拠点寺院である東大寺の別所寺として、東大寺大仏殿の造営に大きな役割を果たしたのです。
文明16年(1484年)の失火により堂塔僧坊は失われてしまいましたが、室町時代の大内氏や江戸時代の毛利氏により再興されます。珍しい茅葺の仁王門には、鎌倉時代の快慶一派の作と見られる金剛力士像が立ち、東大寺との縁を今に伝えています。
阿弥陀寺には、お寺のご本尊である「阿弥陀如来」と、護摩堂のご本尊である「五大明王」の2種類の御朱印があります。
重源上人は、浄土宗開祖の法然上人に感化された熱心な念仏信者でした。ご本尊・阿弥陀如来の御朱印には、右上に「東大寺」の印があります。阿弥陀寺の上には「東大寺別院」と記載され、東大寺の関係が深かった創建の由来や発展の歴史を伝えています。
護摩堂は、江戸時代の享保16年(1731年)に右田毛利広政により再建されました。ご本尊である不動明王も江戸時代に寄進されたものです。護摩堂には五大明王が安置され、護摩壇では毎月護摩木を焚いて祈願が行われています。全てが消失したお寺を、長い年月をかけて復興に力を尽くしてきた歴史を物語ります。
右上には「十八不動三十六童子 第十三番」の印が押されています。こちらは、平成時代になって開創された山口県内の不動尊霊場巡礼の納経印です。
阿弥陀寺を創建した重源上人は、材木を切り出したり運搬をしたりする人達のために、「湯屋」や「石風呂」を整備しました。これらは、主に労役を行う人たちの病気治療や疲労回復のために使われていました。現在の山口県山口市徳地から山口県防府市の一帯にかけて、約60ヶ所も作られたと伝わっています。今でも徳地地区には、重源上人の遺構が多く残されています。
阿弥陀寺の境内にも湯屋と石風呂が作られました。
湯屋は入浴施設です。阿弥陀寺の湯屋は、湯釜と湯船が別々になっている鎌倉時代に主流だった古い様式です。建物は江戸時代の再建ですが、湯釜と湯船は鎌倉時代のものが保存されており、今でも毎年7月の開山忌には現役で使用されているそうで、私はたいへん驚きました。
石風呂は鎌倉時代のサウナです。遺構としてのこされていますが、立て札もなく入り口も閉じられていました。昭和56年(1981年)に新しい石風呂が作られ、毎月第1日曜には地元の人が焚いておられます。
造営のために働いた人夫たちを大切にした、重源上人の想いを今につたえています。
長い年月の間に本坊のみとなった阿弥陀寺に、昭和50年(1975年)頃からアジサイが植え始められます。昭和63年(1988年)には、地元経済界や有志の協力のもと「西のアジサイ寺」を目指して本格的な植樹が始まりました。
土壌のない庫裡の周りには、隙間なくプランターを並べてアジサイが栽培され、境内に咲く、80種類、約4000本のアジサイは、鎌倉時代から変わらぬ阿弥陀寺に対する地域の人々の「想い」で作られた景色です。
現在では「阿弥陀寺アジサイ保存会」が、日々の管理や6月に開催されるアジサイ祭りの運営を行っています。
山口県防府市にある阿弥陀寺は、奈良・東大寺とゆかりが深く、いただける御朱印にもその歴史が刻まれています。地元の人の努力で西のアジサイ寺として人気になったお寺をぜひ参拝いただき、その長い歴史に触れてみてください。
※同じ防府にあり、東大寺再建に大きな役割を果たした「周防国分寺」「玉祖神社」関して、以下リンクの記事で紹介されていますので、ぜひこちらもご覧ください。
【御朱印情報】山口県「周防国分寺」の薬壺が特徴の本尊・薬師如来の御朱印
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ライター:さくらブロッサム
歴史好きなWebライター。関西地方で暮らしていた18年前に御朱印に出会い、子どもを連れて家族で神社仏閣を巡り、集めた御朱印帳は3冊になりました。夫婦二人暮らしになり、神社仏閣巡りを再開。人々の祈りに込められた思いを大切にした御朱印の魅力をご紹介します。
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