- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
愛知県小牧市にある「間々観音」は、日本で唯一の「お乳の寺」として知られるユニークな寺院です。珍しいご利益を授ける秘仏御本尊「十一面千手観音菩薩」の達筆な御朱印のほか、行事にあわせて授与されるデザイン性豊かな多種多彩な特別御朱印が人気になっています。
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愛知県小牧市の小牧山(こまきやま)のふもとにある「間々観音(ままかんのん)」は、正式には「飛車山龍音寺(ひくまやまりゅうおんじ)」と称する、室町時代に創建されたと伝わる浄土宗の古刹です。
室町時代の明応元年(1492年)に、小牧山で狩人が鹿を射たところ、鹿はたちまち7つの石に変化、光を放つ観音像が出現し、狩人は自身の殺生を悔い改め、小牧山に草堂を築いて奉仕したのが創建と伝わっています。
永正2年(1505年)に当時の尾張國(おわりのくに、現在の愛知県)の守護・斯波氏(しばし)の家臣・林心斎(はやししんさい)によって草庵が建てられ開基したといわれています。天正年間(1573〜1592年)には、尾張國に勢力を広げていた武将・織田信長(おだのぶなが)によって小牧山に築城が行われ、小牧山に祀られていた観音様を山麓に移し、寺院として整備が進められ「飛車山龍音寺」の名称になったとされています。
天正12年(1584年)の「小牧・長久手の戦い」で、のちに江戸幕府を開く徳川家康(とくがわいえやす)が小牧山城を本陣として構えた縁で、江戸時代には尾張徳川家からあつい庇護を受け、昭和4年(1929年)には現在の愛知県名古屋市にある尾張徳川家の菩提寺「建中寺(けんちゅうじ)」の寺院整備に伴い、5代藩主・徳川五郎太(とくがわごろうた)の霊廟の門が龍音寺に移築され、定期的な修復をされて現在に至ります。
龍音寺は「間々観音」の愛称で呼ばれることが一般的です。その昔、間々村の女性が「母乳の悩みの解消」を祈願し成就したという伝承から、いつしか村の名を冠して呼ばれるようになりました。
現在では、日本唯一の「お乳の寺」として中部地区はもちろん、ユニークな境内の風景や確かなご利益がSNSなどで話題になり、特に女性の参拝者が絶えない人気寺院となっています。



間々観音では本堂隣の授与所にて、複数種類の御朱印が授与されています。
基本の御朱印は、「剣を象った奉拝」「梵字」「間々観音」の朱印に、「奉拝」「参拝日」「十一面千手観音」「小牧山間々観音」が墨書きされるシンプルなデザインで、持参した御朱印帳に直書きしていただき、志納料は500円でした。

中央の梵字(キリーク)と墨書きは、本堂に祀られている秘仏「十一面千手観音菩薩」を表しています。
龍音寺創建のきっかけとなった鹿から現れたとされている観音像が現代にも受け継がれているとされ、真言宗の開祖である弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)が自ら彫ったであるという伝説が、大師信仰が東海地域で広まった江戸時代に特に認知されました。
現在は本堂の奥に秘仏として祀られ、33年に一度御開帳されています。前述の母乳の悩みのエピソードから、特に女性の授乳や胸の悩みにご利益があるとされ、「間々乳観音(ままちちかんのん)」とも呼ばれています。
左の「小牧山」の墨書きは、十一面千手観音菩薩が出現し、元々祀られていた小牧山のことを表しています。
かつて十一面千手観音菩薩が安置されていたいわれる跡地は現在も残っていて、小牧山城跡も見られることから、地域の歴史を感じることができる観光スポットとしても知られています。

この御朱印は、私がオーダーメイドの注文をした御朱印帳「千年帳」に書いていただきました。本紙は、職人さんが1枚1枚手漉きした高品質の土佐手漉和紙の中でも「楮紙(こうぞし)」という、和紙らしい表面感があり、あたたかみのある白色が特徴のものを選択しています。
丁寧に書き入れられた墨書きは達筆で、はねやはらいが細かな所まで美しく強弱がはっきりしているように感じるのは、墨が染み込みやすく表現しやすい土佐手漉和紙ならではだと思います。特に鋭く伸びた「面」と「手」のはらいには十一面千手観音菩薩が差し伸べる慈悲の手、整然と並んだ文字は十一面千手観音菩薩の凛とした姿を表現しているかのように感じました。
※千年帳の本紙に関しては、以下リンクをご参照ください。
私が間々観音を参拝した令和7年(2025年)11月には、基本の御朱印のほかにも期間限定の御朱印などたくさんの種類の御朱印が授与されていて、その中から特別御朱印「持蓮観音(じれんかんのん)」をいただきました。特別御朱印の御朱印帳への直接の書き入れは指定日のみの対応で、平日は授与されていないのでご注意ください。私は今回指定日に参拝したので、御朱帳に書き入れていただきました。
11月の菊花の月を美しく彩る愛らしい御朱印です。中央には「持蓮観音」のダイナミックな朱色の墨書き、右上には観音様の姿、右下には錫杖の朱印が押され、鮮やかな色彩と力強い筆遣いが融合したインパクトがあるデザインが魅力の御朱印でした。

持蓮観音とは、蓮の花を手に持った姿の観音菩薩です。観音菩薩は相手に合わせて33の姿に変化するといわれていて、間々観音が「尾張三十三所観音霊場」の24番札所になっていることから、姿を変える24番目の持蓮観音とご縁があるとされ、特別な行事の日に持蓮観音の特別御朱印が授与されています。
持蓮観音は、「清らかさ」の象徴とされ、心身の浄化や家内安全などのご利益が特にあついとされています。
この御朱印も、私がオーダーメイドの注文をした御朱印帳「千年帳」に書いていただきました。
土佐手漉和紙の楮紙は、独特の表面感があってあたたかみのある生成色なので、カラフルな墨書きや印がのったときにも、とても馴染みが良いように感じます。しっかり紙に染み込んで、上品な仕上がりになっているように見え、希少な御朱印がより特別なものになったように思い、参拝の思い出がより深く心に刻まれました。
間々観音では、多種多彩な御朱印が授与されていて、期間限定のものもあるので、参拝された際にはどのような御朱印が授与されているかぜひチェックしてみてください。
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前述の「尾張三十三所観音霊場」は、愛知県の尾張地域にある観音菩薩を祀る寺院の中でも特に名高い33ヶ寺で構成された霊場巡りです。
間々観音も古くから十一面千手観音菩薩の深い信仰が地域で根付いていて、尾張地域の観音信仰においても重要な寺院のひとつです。
尾張三十三所観音霊場巡礼には専用の納経帳もあり、あらかじめ墨書き部分が印刷されていて、各札所で朱印のみをおしながら巡っていきます。

尾張三十三所観音霊場の札所には、名古屋大須の観音さんと呼ばれる「寶生院(ほうしょういん)」、最澄が建立し熱田神宮の奥ノ院とされる「龍泉寺(りゅうせんじ)」、知多四国霊場の札所にもなっている弘法大師空海ゆかりの寺院など、尾張地方の観音菩薩を祀る寺院の中でも特に重要な寺院が選ばれています。尾張三十三所霊場は、愛知県内の観音信仰の歴史に触れる素晴らしい機会だと思いますので、ぜひ一度巡ってみてください。
※大須観音、熱田神宮に関して、以下リンクの記事でご紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。
【御朱印情報】愛知県「大須観音」の聖観音菩薩の迫力ある御朱印
【御朱印情報】愛知県「熱田神宮」の草薙の剣の力を感じる伝統的な御神印
間々観音は、女性特有の願いや悩みに寄り添う観音菩薩として古くからあつめています。願いを成就に導いた十一面千手観音菩薩とご縁を結んだ証として、また、日本唯一のお乳の寺を参拝した記念として、伝統的なデザインの達筆な御朱印や創意工夫がこらされたデザイン性豊かな御朱印をぜひいただいてみてください。
ライター:竹内友章
知多半島のお寺が好きで、知多四国霊場を中心にいろいろな霊場を巡礼し、観光やご当地グルメ(特にラーメン)を楽しんでいます。御朱印集めも趣味で、知多半島のお寺の御朱印はもちろん、全国各地の御朱印をもらいに巡り、アート御朱印などは取り寄せたりもしています。
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岡山県岡山市北区にある「岡山神社」は、岡山の発展に大きな影響を与えた岡山城ゆかりの神社で、「備前岡山の総鎮守」として崇敬をあつめています。岡山城ゆかりの池田家「備前蝶紋」、豊臣家「五七桐紋」が記される基本の御朱印のほか、複数の境内社・境外社、限定のアート御朱印などが授与されています。
兵庫県洲本市にある「淡路島弁財天」と呼ばれて親しまれている「厳島神社」は、神社を中心として洲本の街が発展した歴史があり、地域で重要な役割を果たしてきました。その歴史の重みを感じる伝統的なデザインの達筆な御朱印を御朱印帳に書き入れていただきました。
香川県高松市にある「冠纓神社」は、昔からのこる鎮守の森に囲まれた広い境内に様々なご利益をいただけるスポットがあり、陰陽師・安倍晴明ゆかりの神社としても知られています。複数種類のカラフルな御朱印が授与されていて人気です。
大分県の北部、宇佐市に鎮座する「宇佐神宮」は、奈良時代の725年に創建以来1300年以上もの歴史を刻む古社で、全国の八幡神社の総本宮です。その長い歴史や境内の見どころ、歴史を体感できる御朱印をご紹介します。