- 【御朱印帳】土佐手漉和紙「朝光」 小判 38ページ 楮紙 白米×淡黄蘗
- ¥11,880
島根県出雲市にある「日御碕神社」は、神話を反映した「神の宮」「日沈宮」の二宮からなる古社です。長い歴史を感じる格式高い御朱印を、私がオーダーメイドで注文した御朱印帳「千年帳」にいただきました。
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島根県出雲市の島根半島の先端に位置する「日御碕灯台(ひのみさきとうだい)」の近くある「日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)」は、日本神話に登場する素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀った上の宮「神の宮(かみのみや)」と、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀った下の宮「日沈宮(ひしずのみや)」の二社からなります。
「出雲国風土記」の国引き神話では、出雲大社や日御碕神社のある杵築(きづき)の地は、新羅の岬から出雲の創造神である八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)が「国よ来い、国よ来い」と引っ張ってきたと語られている場所にあたります。
出雲地方では「神在月(かみありづき)」と呼ばれる旧暦の11月に全国の神様が上陸する稲佐の浜から北上していくと、険しい断崖と岩場の連続で、曲がりくねった道を進むと、緑の山に囲まれた中に朱色の社殿が映える日御碕神社にたどり着きます。
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楼門を入って正面が、天照大御神を祀った下の宮「日沈宮」です。
神話の時代、素戔嗚尊の子孫である神天葺根命(あめのふきねのみこと)が、天照大御神の御神託を受けて経島(ふみしま)に神様を祀りました。経島は現在の日御碕神社の社殿のある場所から約200m西側にある孤島です。平安時代の天暦2年(948年)に、村上天皇の勅命により現在の場所に移されました。
天平時代には「日の出る所伊勢国五十鈴川の川上に伊勢大神宮を鎮め祀り日の本の昼を守り、出雲国日御碕清江の浜に日沈宮を建て日御碕大神宮と称して日の本の夜を護らん」(日御碕神社御由緒略記より)と語られていました。
伊勢神宮は日本の昼を守り、日御碕神社が夜を守っているのです。これは、夕日を神聖視していた出雲独自の視点を反映したものともいわれています。江戸時代までには日が沈む聖地のイメージが根付いていたようです。
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楼門をくぐった境内右手、下の宮「日沈宮」の社殿の横の急な階段を登ったところに、上の宮「神の宮」があります。
神話によると、御祭神の素戔嗚尊が根の国(黄泉国)より柏の葉を投げて「吾が神魂(みたま)はこの柏葉の止まる所に住まん」と占ったところ、柏の葉が現在の日御碕神社がある場所の背後の隠ケ丘(かくれがおか)に止まったためこの地に御鎮座したと伝わっています。日御碕神社の御神紋の三ツ柏はこの話に由来しており、現在も御神域の隠ケ丘からは「神紋石(ごもんせき)」と称される柏の化石が出土しているそうです。
古代の安寧天皇の時代に、勅命により現在の場所に移ったとされています。出雲国風土記の美佐伎社(みさきしゃ)とは、神の宮のことをさしているといわれています。神の宮に祀られてる素戔嗚尊は、出雲大社に祀られている大国主命の祖神(おやがみ)であり、全国の素戔嗚尊を祀る神社の総本宮でもあります。
下の宮「日沈宮」と上の宮「神の宮」を参拝し、日御碕神社の御朱印をいただきました。
中央に「日御碕神社」の朱印、「奉拝」「参拝日付」の墨書きの伝統的なシンプルなデザインの御朱印です。初穂料は500円以上の志納とのことでした。
この御朱印は、私がオーダーメイドで注文した「千年帳」に書いていただきました。
本紙は、土佐和紙の手漉和紙職人さんが自ら栽培した高知県産の楮(こうぞ)が原料の土佐手漉和紙です。手漉和紙らしい凹凸のある独特の表面感で、書き手の筆使いが本紙によく伝わり、文字に躍動感を与えてくれているように感じます。時間が経ち墨が本紙になじんでくると、とめやはらいの濃淡や絶妙なかすれが出て、朱印とも調和して、格調高い仕上がりの御朱印になっていると思います。
日御碕神社には、天照大御神の和魂(にぎみたま)と素戔嗚尊の奇魂(くしみたま)が合わせて祀られており、厄除け、縁結び、家運繁盛、交通安全などのご利益がいただけるとのことですので、参拝・祈願した証として御朱印もいただいてみてください。
日御碕神社の御朱印の受付は、8時30分から16時50分までとなっています。
島根半島の先端にある日御碕神社までは想定以上に移動時間がかかることもあったり、見どころが多い出雲地方の他のスポットで思っていたよりも滞在時間が長くなってしまうということがありがちですので、スケジュールに余裕をもって訪れてください。
日御碕神社を訪れた際には、社殿などの建造物をじっくりと見てみるのがおすすめです。境内にある12棟が国の重要文化財に指定されています。
日御碕神社の社殿は、歴史上で確認できる二十数回行われた造営の全てが天皇による勅命か将軍の祈願によるものです。
現在の社殿は、江戸時代初期の寛永12年(1635年)に3代将軍徳川家光の命により幕府直轄工事として造営が始まりました。出雲地方では珍しい朱色の社殿は、安土桃山時代の面影を残す権現造りです。色とりどりの彫刻が施された装飾は100ヶ所以上あり、すべてデザインが異なるそうです。
日御碕神社参拝後は、もともとの「日沈宮」があった経島もぜひご覧ください。
現在の日御碕神社の西方約200mにある孤島で、面積は約3,000㎡だそうです。万巻の教本を積み上げたように見えることから、その名がつけられたといわれています。
毎年8月7日の例祭である「夕日の祭典」の時だけ神職が船で渡り神事を行う以外は立ち入りを禁止されている御神域です。
日御碕神社の境内を抜け海の方向に向かうと、右手に鳥居が立つ経島が見えてきます。境内からは少し歩きますが、足を伸ばしてぜひその姿を拝んでください。夕方に訪れてタイミングや天候の条件が合えば、日本海に沈む夕日に照らされる経島の幻想的な景色を眺められるかもしれません。
日御碕神社は長い歴史がある神社で、出雲大社の祖神さまとして、素戔嗚尊を祀る全国の神社の総本社として、崇敬をあつめています。神の宮と日沈宮をお参りし、参拝の証として伝統的なデザインの格式高い御朱印をいただいてみてください。
ライター:明石みほ
歴史好きなWebライター。関西で暮らしていた約20年前に御朱印に出会い、家族で神社仏閣を巡り集めた御朱印帳は4冊になりました。一時中断していた神社仏閣巡りを再開。人々の祈りに込められた思いを大切に御朱印の魅力をご紹介します。
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